第270話 最期の言葉とは…

「いやー!すまん!すまん!いきなりあんなことを頼んで悪かったな!だがどんな冒険者に任せるよりもシオンにとっては勉強になっただろう!あーっはっはっはっは!」


 悪びれた様子も一切なく頭を掻きつつ豪快に笑うのはレーヴェ神国の王都ガイアクレイスの冒険者ギルドマスター。


「全く…、相変わらずだね…。でも新たな才能が育ってきていることが分かっておれも楽しかった。それよりも…。ガンディアさん、お久しぶり!」


「ああ、よく帰ってきたな!」


 がっしりと握手を交わす二人。既にプレスはフードを被ってはいない。傍らのティアも魔導士風のローブにフードを被ったいつもの装いだ。


 ここは受付のあるギルドのホール。模擬戦が終りシオンは医務室へと運ばれ、プレスとティアを含め鍛錬場にいた者達は皆こちらのホールへと移動していた。そして握手を交わすプレスとギルドマスターに関心がないかのようにいつもの喧騒がホールを包んでいた。


 王都の冒険者ギルドはいつものように恙なく…、のような雰囲気の中…、


「ガンディアさんに紹介しないとね…。ティア!」


 プレスがそう言うと傍らに控えていたティアがローブのフードを脱ぐ。トラブルを避けるための普通の容姿ではない、絶世の美女感が圧倒的な方のティアである。


「旅の途中で出会った相棒のティアだよ…、って…、あれ…?」


 ティアを紹介した瞬間、ギルドマスターであるガンディアが驚愕の表情でもって固まる。それだけではない。先程まで喧騒に包まれていた冒険者ギルドから音という存在が消えていた。大半の者達がギルドマスター同様に驚愕の表情を浮かべて固まっている。プレスの存在を知らない者達がその様子に驚いておろおろしているが…。


「「「「「だ、団長が女を連れているーーーーー!!!」」」」」


 驚愕の表情を浮かべた全員の絶叫が冒険者ギルド内…、いやこの冒険者ギルド近隣一体に響き渡った。


「おかえりなさい団長!!あねさんの言葉の通りに…、新たな…、新たな人生の一歩を踏み出したんですね!!おれは…、おれは嬉しい!!」


 むせび泣くかのように絶叫しているのは中規模クラン『風の狼』のリーダーであるS級冒険者のシリウス。


「「「おめでとうございます!!団長!!」」」


『風の狼』の面々がそう声を上げる。魔物のスタンピードの時であってもそこまでの鬨の声は上げないだろうというド迫力だ。そうして全員で肩を組むと団長とあねさんに捧げる歌なるものを歌い始めた。


「あら団長!貴方の横は私って決まっていなかったのかしら!?」


 そう言ってくるのは女性で構成される大規模クラン『高原のゆりかご』のリーダーでこちらもS級冒険者のデボラ。しかし…、


「リーダー!寝言は寝てから言ってください!」

「そうですよ!リーダーみたいな年増にあねさんの代わりが務まると思っているのですか?」

「夢を見るのは自由ですが、それはどう見ても妄想…」

「とんだ茶番劇っすね!」


 周囲のクランメンバーが散々に罵倒する。


「貴方たち…、今ここで死にたいのかしら…」


 わなわなと握り込んだ拳を震えさせるデボラ。既にその拳に赤紫色の魔力がこもっているのが怖い。


「だってリーダーではミランダさんにだって…」


 ブンッ…。


 さらにいじろうとする部下の顔面目掛けて正確に振るわれた拳は空を切った。


「そんな大振りでは当たりませーん!」


 彼女らも腕利きの高位冒険者である。ぎゃあぎゃあと姦しいやり取りが繰り広げられていた。


 それだけではない。プレスの本来の立場…、レーヴェ神国聖印騎士団の団長であることを知っている者達…、つまりプレスの顔見知りの冒険者達が全身全霊を振り絞って騒いでいる。


「ガ、ガンディアさん!?これは一体?」


 思わず眼前のギルドマスターに問いかけるプレスであるが、


「プレス!水臭いではないか!俺とお前の仲だろうが!ユリアの言葉に従う気になったのであれば先ず騎士団や王城、そして俺に伝えるのが筋ってものだろう!?」


 そんなことを言ってくる。既にプレスの話を聞く気もないくらいに興奮している。既に周囲はお祭り騒ぎだ。


「だめだ…、ガンディアさんでは埒が明かない…。えっと…、いた!!」


 その言葉と共にプレスは神速で移動する。ティアも一緒だ。


「ミランダさん!!」


「は、はいいいいい!」


 唯一人平静を保っていたらしいミランダへと声をかける。


「お久しぶり!元気だった?じゃなくて、いったいこれはどうゆうこと?何が起こっているの?」


「あ、あの…、ユリア様のお言葉通りにそちらのティア様がプレス様と親しい仲になったことが皆さん嬉しいのだと思います…」


「ユリアの言葉…?」


 プレスが怪訝な表情を浮かべる。周囲からは『お、やっぱりミランダちゃんなのか!』だの『あたしはミランダちゃんが本命だと思ってたわ』だのが聞こえてくる。ミランダの顔が真っ赤になるが、元々冷静で優秀な彼女は必死に説明を始めた。


「え、ええとですね…。プレス様は緊急の任務で出国されたためユリア様の国葬には出席されていませんよね…。その際にユリア様の最後のお言葉が伝えられたのです!」


「はい?」


 思わず首を傾げるプレス。


「国王様がプレス様もご存じだと仰っていたように記憶していますが…」


 楽しそうに微笑む国王親友の顔が浮かぶ。


「あの野郎…。それでその最後の言葉って?」


 プレスに問われてミランダが答える。


「最後の箇所のみ一字一句間違いなくお伝えします」


 そう言ってミランダは目を閉じた。


「『皆に告げるわ!!プレスはこれからフリーよ!これはチャンス!優良物件だしね!私を忘れさるくらい夢中にさせてものにしなさい!!これは命令よ!!』でございます!」


 そう言われたプレスは自身の周囲で発生しているお祭り騒ぎについて自分でも驚くほどに納得してしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る