第269話 模擬戦をします

「どうしてこうなった…?」


 木剣を振るい少年が繰り出す斬撃をこともなく受け流しながらプレスは首を傾げてそう呟く。背中の木箱は遠巻きにこちらを見ているティアの傍らに置いてある。眼前ではシオンと呼ばれた少年が必死の形相で木剣での斬撃を繰り出していた。


 ここはレーヴェ神国の王都ガイアクレイスにある冒険者ギルド、その鍛錬場である。まだ半刻とは経過していないがプレスとシオンと呼ばれた少年との模擬戦はシオンの攻撃をプレスが捌き続けるという展開が続いていた。ちなみにシオンが縦横無尽に見えるかのように移動を繰り返している中、プレスはまだ一歩も動いていない。


 周囲では遠巻きに冒険者達が観戦している。


「やっちまえ!シオン!そいつを倒したら俺らに幹部待遇で入れてやるぜ!」


 中規模クラン『風の狼』のリーダーであるシリウスが声を上げる。


「頑張れボーズ!!」

「すげー根性だ!!それは認めるぜ!」

「骨は拾ってやるからな!」

「華々しく散ってこい!!」

「勇気だけは一級品だ!」


 周囲で騒いでいるのは『風の狼』に所属する冒険者達だ。その横に集まっている大規模クラン『高原のゆりかご』のメンバー達はニコニコしながら観戦している。


『アイツら…、楽しんでるな…』


 皆、古い馴染みの者達だ。こちらを見物しているティアも何故だか楽しそうである。


 少し前のこと…。



 久しぶりで王都の冒険者ギルドに到着したプレスの当初の目的はギルドマスターへの挨拶だけだった。プレスを知っている受付嬢一人にこそっと冒険者証を見せて、ギルドマスターへの面会を求めるのであれば顔を隠したまま静かに全てが上手くいくと思っていたのだが現実はなかなか上手くいかないものである。


 そもそもの誤算は扉を開いた瞬間に顔なじみであった冒険者達の懐かしい顔が全員分こちらを向いたことだった。


『それにしてもどうして分かったのかな…?』


 今考えても釈然としない。自身がそんなに自己主張の強い気配を出して冒険者ギルドを出入りしていたという記憶はないプレスであった。とりあえず全員に『気にするな!』っと伝えて騒ぎを抑えたが今度はギルドマスターが突然の話を振ってきた。今、目の前にいる初等学校に通うシオンが冒険者への夢を拗らせているのでC級冒険者のプレスと模擬戦をさせ目を覚まさせるというものだ。


 冒険者ギルドの定例行事のようなものだがプレスが指名されたことに納得がいかない。


「二人とも準備はいいか!?」


 反論の余地もないままに鍛錬場へと連れて行かれて模擬戦が始まった。


「武器を手放す、戦闘不能になる、この俺が勝敗を決める、まで戦闘を続ける模擬戦だ。相手を殺すことは禁止。優秀な回復魔法の使い手がいるからかなりの重症でも回復できる。その際の金はギルドですべて賄うから安心していい。思う存分やってくれ!」


「マスター!本当にこのおっさんに勝てば冒険者にしてくれるんだな!?」


「ああ!できるもんならやってみろ!そしたら卒業後すぐに冒険者として認めてやる!」


 おっさん…、そう言われてプレスは少しだけ心にダメージを受けた。全ての呪いや状態異常に耐性がある筈なのだが妙なところの防御力が弱かったらしいと思いつつプレスは仕方なく戦うことを決めていた。


 そんなやり取りで始まった模擬戦でプレスはとりあえず騎士特有の剣技として知られるパリイ受け流しでシオンの斬撃を捌き続けて今に至るということになる。



 半刻近く連続して攻撃を放っていたシオンは既に限界に近かった。頃合いとみたプレスは、


「シオン君!一つだけ訂正しろ!おれは二十二だ。おっさんではない…」


 シオンからの突き技を下から放った擦り上げ技で弾き飛ばしつつそんなことを言ってみる。


「ぜー、ぜー、お、おれから…、み。みたら…、お、おっさん…、みたいな…、も、ものだろ!!」


 呼吸がきついのか途切れ途切れになりつつも言い返してくるシオン。そんな姿にプレスは少々感心した。どうやら闘志は燃え尽きていないらしい。そこは評価されるべきだと思うプレス。


「その意志の強さは立派なものだね…。ではこちらから…」


 プレスが木剣を構え直した。転瞬、鍛錬場にいた全員に大量の水を浴びせかけられたかのような圧力がかかる。プレスが威圧をかけたのだ。観戦していた冒険者達からバタバタと倒れる者が現れる。しかしシオンは倒れなかった。感じたことがない威圧の迫力に半ば意識を失いかけていたが冒険者になりたいという意地が彼の意識を辛うじてその場に留めていたのである。


「見事だ!冒険者学校で沢山学んでくるといい!」


 その言葉と同時に神速でシオンとの間合いを詰めたプレスは真っ向からの唐竹割りをシオンへと繰り出した。傍から見てもそれはまさに必殺の一撃。レーヴェ神国聖印騎士団の団長に相応しい技量で振るわれた絶望的な破壊力を秘めた一撃であった。もし直撃すれば木剣とはいえシオン体を頭から両断することができるだろう。


 そしてその斬撃がシオンを襲おうとしたその刹那…。


 ぴたり。


 木剣は紙一枚分もないほどの隙間を残してシオンの額で止まっていた。


「う…、ん…」


 シオンが仰向けに倒れる。今度こそ意識を失ったのだ。


「さてと…、これは一体どういった催し物だったのかな?」


 からかうように悪い笑みを浮かべたプレスが、威圧の影響下で真っ青な顔をしているギルドマスターへと向き直るのだった。

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