第268話 C級冒険者の帰還
プレスとティアは正攻法なルートではなく騎士団や重要人物が秘密裏に使用することができる街道を使ってレーヴェ神国の王都ガイアクレイスへと到着していた。入国時にしっかりと身元が確認されるレーヴェ神国は各街での検問は存在しない。
「主殿?この国の人々は主殿の顔を見知っているのでは?」
街を前にしてティアが聞いてくる。
ティアはいつもの魔導士風のローブを纏いフードを被りその上から防寒用の厚手のコートを着込んでいる。元々グレイトドラゴンでありプレスの眷属としてグレイトドラゴンを超越した何かになっているティアにとって寒さは何の問題にもならないのだがプレスが購入したコートを気に入ったらしく嬉しそうに着こなしている。
プレスも冒険者風の装いに冬用のコートを着ており今は腰に長剣を差してはいない。背中の木箱はいつも通りである。
「ああ。だからこれをね…」
そう言ってプレスはコートのフードを目深に被った。
「こうすればがっつり覗き込まれない限りおれの顔は分からないかなってね…」
「どこまで効果があるのかは分かりかねるのだが…」
やや生暖かい視線を主へと送る元グレイトドラゴン。
「ま、バレたときはバレたときだよ。きっと歓迎してくれるさ!」
「ふむ…。それでどうするのだ?王城に行くのか?それとも宿を探すのか?」
「それだけどね…、最初に冒険者ギルドに行こうと思うんだ」
「冒険者ギルド?」
「ああ。この街のギルドマスターには出国する時これをくれてね。あの時は世話になったからまずは彼に挨拶とね…」
そう言ってプレスは懐から冒険者証を取り出す。プレストンと名の書かれたC級冒険者証。冒険者証には特殊な魔法技術が使用されており虚偽の内容を表示することはできない。だが全てを表示する必要はないという裏の設定を用いることでプレスはレイノルズという対外的によく知られた名前を隠し親しい者だけが知っているプレストンという名だけ表示された冒険者証を持っていた。
恋人であり当時レーヴェ神国聖印騎士団の一番隊隊長であったユリア=イーリス亡き後、レーヴェ神国を出奔することになったプレスに身分保障に使えるからと選別としてこの冒険者証を渡してくれたのがギルドマスターである。
「これのお陰でどの街でも冒険者としていろいろと活動できたからね。これがなかったら苦労しただろうな…」
「主殿の恩人であるのだな。我も一度お会いしたいぞ!」
「そうだね。そういう訳でギルドに向かおうか!」
「うむ!」
そんな会話を交わしながら二人は王都ガイアクレイスへと到着したのだった。太陽はやや高い位置にあるがまだ午前中だろう。既に街は昼の活気へと移行し始めており開けたばかりであろう飲食店や屋台からは美味しそうな香りも漂ってくる。一応、自分の正体がバレたくないプレスはそういった店に入ることなく冒険者ギルドを目指した。入りたそうにしていたティアにはギルドの後で美味い店を紹介するということで納得してもらった。
「街並みはほとんど変わっていないなあ…」
「主殿!いい街だな…。人族が言う歴史というものを我も感じるぞ!」
王都ガイアクレイスは古都とも呼ばれ、初めてここに集落が造られたのは二千年以上前とされている。長い歴史をもつ石畳が街を形作り、石造りの建物と最新の技術を使った木造建築やレンガ造りの建物が居並ぶ姿は古の風習と現代の造形の融合とされ高い評価を得ていた。
「そう言って貰えると嬉しいよ。きっとマルコ達も喜ぶだろうな。そういえばロンドルギアの街で出会ったギゼルさんは来ているのかな?」
「あの絶品の料理を作ってくれた亭主殿だな?」
「冒険者証の写しも渡したしきっと冒険者ギルドに顔を出している筈だ。ギルドに着いたら聞いてみよう!」
「もしあの料理をまた食べられるとすれば我は幸福だな!」
そうこうしている内に石造りの大きく重厚な建物が見えてきた。剣と薬草があしらわれたギルドの紋章が目を引く。剣が討伐依頼と護衛依頼、薬草が採集依頼を表していると言われていた。扉の前で少し立ち止まる。
「さてと…。行くとしますか…」
プレスが扉を開く。いつもの調子で扉を開いたのだが…、
「っと!」
建物内にいる大半の視線がプレスとティアに注がれた。プレスもよく知っている冒険者達である。どうやったのかは知らないが彼らは一瞬でプレスのことを察したらしい。慌ててプレスは右手の人差し指を口へと当てる。聖印騎士団がよく使う『静かにしろ』の合図である。この国の冒険者であれば全員がそのことを知っている。プレスは『気にするな』の意味も込めたがどうやら十分に伝わったらしい。冒険者ギルドは一瞬にしていつもの日常を取り戻した。プレスのことを知らない冒険者達は何が起こったのか分からないままに当惑している。
中に入ると受付嬢に面会を頼む必要もなくギルドマスターはすぐに見つかった。だがどうやら一人の少年と話をしているらしい。ギルドマスターの傍らにいるミランダが目で挨拶をしてくるのでフードの奥から視線で返しておくことにする。ギルドマスターと少年の会話に興味のないプレスはティアを伴い話が終るまで少し後ろで待つことにする…、と唐突に声をかけられた。
「プレス!はるばるここまで来てすぐで悪いがこいつの相手をしてやってくれ!」
「え!?」
予想もしていなかったギルドマスターの言葉に目を白黒させるプレスであった。
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