第267話 ギルドマスターの提案

 それは一瞬…。一瞬、ギルドの全てが止まったかのようにシオンは感じた。


「えっ?」


 思わず声が漏れる。見ればギルドマスター、受付嬢のミランダ、シリウス、デボラ、そして他の冒険者達、大半の視線がギルドの入り口付近に向けられている。彼らの視線に導かれるようにしてシオンは思わず振り返った。そこにあるのは二つの影。逆光に照らされた二人分の影が佇んでいる。どうやら二人ともフードを被っている。片方の影は片手の人差し指を口元に当てているらしい。何かの仕草だとシオンは思う。


「とにかくだ!シオン!騎士団に入ることも目標の一つと言うのであればお前は冒険者学校に行け!!」


 そうギルドマスターが言ってきた。


「!?」


 思わず視線をギルドマスターへと戻すシオン。


「で、でも…」


 言い淀む。既に周囲はいつものギルドに戻っていた。


『さっきのは何だったんだ?気のせい?』


 戸惑いながらもシオンはギルドマスターへの反論を考える。


「なんだ?そんなに冒険者学校に行くのが嫌なのか?まさかお前、C級、B級冒険者くらいなら冒険者学校に行かなくても簡単になれるから行くだけ時間の無駄、ってなことを思っちゃいないだろうな?」


「!」


 厳しい顔でギルドマスターから言われて表情が強張る。正直に言うとその通りであった。


 冒険者学校を十五歳で卒業した才能がある者の場合、卒業生はD級相当と考えられていることもあり、数年かからず…、十七、十八の頃にはC級冒険者になれる。


 冒険者学校に行かずクランで修行する場合は、冒険者学校を卒業する年齢である十五になる頃にはD級になっているのが普通だ。そこからクランに残るか、ソロになる、もしくはパーティを組むのだがその場合でも才能があれば十七、十八の頃にはC級冒険者になれる場合が多い。


 E級はまっさら、D級は修行中、C級は一人前と呼ばれていた。ただC級冒険者となると盗賊の討伐といった人を殺害するような依頼をこなす必要もありそれを嫌ってD級冒険者から階級を上げない者もいる。


 シオンは初等学校ではかなり良い成績を取っており、剣術ではE級…、いやD級冒険者にも引けはとらないと自信を持っていた。なんならC級相手でもいい勝負ができるのでは…、と。


 ギルドマスターは先程の表情から的確にシオンの心の内を把握する。まあ、この年代によくある流行り病のような勘違いなのだが、シオンは少し拗らせすぎたようだ。これは冒険者を志す者としては少しマズい。命の重さが軽いこの世界では慢心や油断は即それが死へとつながる。今の段階から慎重さや用心深さは培っていってほしいのだ。


「全く…。お前の年の頃の連中はみんな同じことを言いやがる…。まあいい…。分かった!」


「依頼を受けさせてくれるのか?」


「何でそうなる!勘違いするな!これからお前には模擬戦をやってもらう」


「模擬戦?」


「ああ、C級冒険者との模擬戦だ。相手はこちらで用意する。もしそいつに勝てることができたら、俺の権限で初等学校の卒業と同時にE級冒険者証を渡してやろう」


「本当に?」


 既にシオンはやる気である。C級冒険者なら何とかなるかもしれない。これはチャンスだと確信していた。


「約束しよう!」


 それでお前の相手だがな…」


 そう言ってギルドマスターがシオンの背後へと視線を送る。


「プレス!はるばるここまで来てすぐで悪いがこいつの相手をしてやってくれ!」


 聞きなれない冒険者の名前にシオンが首を捻った時…。


 中規模クラン『風の狼』でリーダーを務めているシリウスがテーブルに突っ伏して肩を震わせており、大規模クラン『高原のゆりかご』のリーダーであるデボラは壁に向かって張り付くようにして肩を震わせていた…。他の冒険者達も面白そうな、生暖かいような、そして憐れむような視線を気付かれることなくシオンへと向けていたのだが、気分を高揚させているシオン本人は全く気が付かなかった。

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