第一部 王都ガイアクレイス
第266話 冒険者ギルドにて
場所は変わってここは城下の街。冒険者ギルドは既に活気に溢れていた。
「この依頼を受けるよ」
「こらシオン君!勝手に依頼を剥がしちゃダメよ。君はまだ初等学校生でしょ?冒険者証を持ってない子は依頼を受けられないわ」
「いいじゃないか!おれはもう十二歳だし今年で卒業なんだからさ!」
シオンという少年に無茶なお願いをされているのは受付所のミランダ。その美貌だけでなく丁寧かつ真摯な応対ぶりから冒険者に人気の受付嬢である。
ここはレーヴェ神国の王都ガイアクレイスの冒険者ギルド。王都ガイアクレイスは街の中心に建てられた巨大な王城を戴き、それを中心にして発展してきたレーヴェ神国の首都である。
レーヴェ神国では十二歳になる年の春までに初等教育を少なくとも四年間は受けさせることを義務としている。その後は各自の環境や目標で道が別れることになり、商会に所属して商人としての修業を始める者、職人の内弟子あるいは通い弟子となる者もいる。そんな彼らはこの辺りから働き始める。
また教師、牧師、研究者、国の文官、騎士といった職業を目指す者達はさらに十二歳になる春から十五歳になる春までの三年間を中等教育機関に通い、ごく一部の突出した者達が十五歳になる春から十八歳になる春までの四年間を高等教育機関で学ぶこととなる。
冒険者は完全な自由であるのだがレーヴェ神国では初等教育を受けた後、クランと呼ばれるような集団に所属して腕を磨くか、中等教育機関扱いにされている冒険者学校で学ぶことになる場合が多い。
ちなみにレーヴェ神国では中等教育機関までの学費は取らないことになっていた。
「学校で教わっていないかしら?冒険者になるのであれば初等学校を卒業したあと中等学校に行くかクランに入って基礎を学びなさいって?」
「そんな悠長なことは言ってられないんだよ!!それに冒険者は完全な自由があるんだろ!?」
「悠長なんて難しい言葉を知っているのね…。でもダメなものはダメ。確かに冒険者に年齢の下限は存在しないけど、この国は違うの!!君に依頼を受けさせたら私がマスターに怒られるわ!」
「でも…」
どうやら今日のシオンはなかなかに引き下がらない。ここ最近、シオンは毎日のように冒険者ギルドに来ては同じ内容で受付嬢と揉めていた。周囲の冒険者達はその様子を微笑ましいかのように眺めている。ベテランの冒険者からは『あんな時代が俺にもあった…』なんて呟きまでが聞こえてくる。
この世界の冒険者にはならず者も多いがこの国、レーヴェ神国の冒険者ギルドで活躍する者達は一味違う。宮廷での礼儀作法といったものとは無縁の武骨な連中が多いが、基本的に全員が冒険者という命の危険がある活動をする仲間であるといった志向が強かった。ならず者の冒険者を各騎士団がかなり厳しく取り締まっていることもあるが、それ以上に冒険者としての基礎や心構えをしっかり学べる環境があるこの国の教育体制が大きな要因と考えられていた。
「またお前か!?シオン!!」
そうミランダの背後から声をかけてきたのは壮年の男。中肉中背ではあるのだがその引き締まった体躯はかつての現役の頃を思わせる迫力をそのまま残している。男は厳しい表情でシオンと呼ばれた少年を見据える。しかしシオンも引き下がらない。
「マスター!!冒険者は自由なんだろ!!だったらおれに依頼を受けさせてくれよ!!」
「何度言ったら分かるんだ?お前は依頼を受けられない。理由はミランダが説明しただろうが?」
「でも…」
なおも食い下がるシオン少年。
「ボウズ!お前がどうしてそこまで拘るのかは分からないがそのガッツは買ってやってもいい。だがルールに従うことも冒険者としては必要なことだ。まずは初等学校を出ることに集中したらどうだ?その熱意を保ったまま卒業できたのなら俺達のクランに入れてやるぞ?」
様子を見かねたのか黒一色の装束に双剣を背負った冒険者がそう言ってくる。中規模クラン『風の狼』でリーダーを務めているシリウスだ。『風の狼』は魔物の討伐を専門とするクランでシリウス自身はS級冒険者である。この街でも頼れる冒険者の一人として人気を集めていた。
「あらシリウス。こんな子が趣味だったの?坊や!『風の狼』なんてムサい男所帯はやめておきなさい!きちんと学校を出たらあたしのクランに入れてあ・げ・る・わ・よ?」
やけに色っぽい雰囲気と共に露出度が高めの服装をした美しい女性が言ってくる。大規模クラン『高原のゆりかご』のリーダーであるデボラだ。彼女の雰囲気や装いはなかなかに桃色の世界だがデボラ自身はS級冒険者でありその実力は高い。加えて大規模クラン『高原のゆりかご』も決して危ないクランなどではなく多数の女性冒険者を擁し、家事育児の手伝いから運搬、護衛、討伐まで幅広く依頼を受けることができるこれまた頼れるクランとして評判の存在だった。
「誰が趣味だ?俺が愛するのは女と決まっているぞ!?」
「あら?それも偏見じゃない?愛はもっと自由であるべきよ!」
「それを否定しているわけじゃねえ!!おれの好みの話をしているんだよ!!なんでガキが趣味なんだよ。それともお前がそっち系か?」
「ふざけたことを言う犬っコロですね。なめし皮にしますわよ」
「なにい!?」
「なんですか!?」
バチバチと視線が交錯する。しかしそんな状況を周囲の冒険者達は笑って観戦していた。こんなじゃれ合いもいつものことなのだ。
「おい!楽しんでいるところ悪いが…」
「「ああん!?」」
二人の息がぴったりと合って同時にギルドマスターへと向き直る。
「いい加減にしろ!お前らが入ると話が
ギルドマスターのその言葉にシオンはふくれっ面でそっぽを向く。
「それじゃあ…、聖印騎士団に入れないじゃないか…」
ぽそっとしたその呟きをギルドマスターは聞き逃さない。
「そうか…、聖印騎士団か…」
「おれは聖印騎士団に入りたいんだ!家には高等学校へ行けるようなお金はないけど冒険者として活躍して認められれば…」
確かにそれは不可能ではない。聖印騎士団の団員には冒険者として活躍が認められ入団したものもいる。ただし桁外れの化け物が居並ぶ分隊長以上程ではないが彼らも十分怪物級でありその高みに到達するのは至難の業と言えるのだが…。
「それならなおのこと冒険者学校に行け!!騎士団には正しい知識と常識も必須項目だからな!」
「だけど…」
納得できかねる表情のシオンが反論しようとしたところに、
「ふぅ。やっと着いた…。いやー、寒かったね」
「しかし雪景色というやつもなかなか面白いものだったぞ。主殿!」
ギルドの扉が開きなんとものんびりとした声が聞こえてくるのだった。
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