第七章 旅する冒険者とレーヴェ神国

第265話 とある王城の執務室

 とある王城…、巨城と呼ばれるのに相応しい堂々とした規模のそれは石造りの美しい城壁と尖塔を持ち、雄大かつ優美な佇まいを誇っている。そして今の季節は冬。雪に覆われたその姿にはまた格別の美しさがあった。そんな冬のよく晴れた日の午前…。


 ここは王の執務室…。王の執務室と聞けば贅を尽くした様々な装飾品で飾り立てられていると想像しがちだが、この執務室は壁や天井の意匠こそ荘厳であるが、上等な素材を使用しつつも素朴な造りの机と複数の椅子が置かれ、それ以外の空間は多くの本棚とそこに並べられる多くの書物がその大半を占めていた。


 そんな執務室の窓辺に立ち冬の陽光に照らされる城下を眺める一人の男。身長は一.八メトル程と高めだが、すらりとした細い手足と日焼けとは無縁の白い肌、そして整った顔立ちにその優しくも愁いを帯びた赤い瞳。


 彼はいつものように目覚めて活気を帯び始める城下をその優しげな瞳で見つめていた。するとそんな彼の瞳が不意に揺れる。


「来たかな…」


 口元に笑みを浮かべてそう呟く。彼は武芸や攻撃魔法とは無縁であった。しかしそれとは一味違う異能を持ちこの国に起こるおおよそのことは把握できていた。


「サラ」


「こちらに…」


 彼がサラという名前を呼ぶとどこらかともなく銀髪の美しい女性が姿を現した。この世界でも数えるほどの者しか使えない転移魔法である。


「皆も気付いていたかな?」


「はい。皆とてもとても喜んでおります!」


「どうやらそろそろ王都に着くといったところかな…。でも…」


「ええ。緊急時に使用する秘密の街道を使用しているようです」


「どうしてそこまでして姿を隠そうとするのかな…。あの砦には彼を見知った者も多い。きっと皆が歓迎すると思うのだけど…」


 この国はある程度の広大な領地としての平野を有しているが、東を巨大な水棲魔獣が暮らす海、西を強力な魔物が跋扈する大森林、南を深い渓谷、北を剣呑な山脈に囲まれている。普通に入国するためには南の渓谷に架けられた橋を渡り、その先にあるシュレーゲン砦にて検問を受ける必要があった。


「旅は道半ばと仰っていました。正式な帰還とはしたくないのでしょう。それに間違いなく騒ぎになります」


 ふんわりとした笑顔を湛えて銀髪の美女が答える。


「でもそれはあっちの街道を使って王都に直接入っても…」


「ええ。結果は大して変わらないと思います…」


 そう言うと二人は笑い合う。


「宰相たちにはそのタイミングで知ってもらえれば十分かな…。だけど今日中に王城へと来るのは難しそうだね…」


「はい。恐らく冒険者ギルドに行かれるかと…」


「だろうね…。ふぅ…。あのに何て言えば…」


「それにつきましては我々では対処しかねます」


 銀髪の美女に平然として表情でそう言われた彼は右手で眉間を抑えている。どうやら頭痛がしているらしい。


「と、とりあえず王城の蔵から酒を運び出す用意を。各ギルドが許可を求めてきたら振舞ってほしい」


「畏まりました。では失礼します…」


 その言葉と同時に銀髪の女性の姿が執務室から消える。彼はその姿を笑顔で見送るのだった。

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