第264話 旅立ち どこまでも澄んだ冬の青空

 事件から十日後…。


 雲一つない青空の下、ダリアスヒルの街は雪に覆われていた。遂に本格的な冬が到来した。


「プレスちゃん、転移はしなくていいの?」


 そんなことをマルコが言ってくる。ここはダリアスヒルの孤児院の正門前。いろいろなことが一段落ついたと判断したプレスはダリアスヒルの街を出ることにした。今日はその出立の日である。


「ああ。大丈夫。聖冬祭までには王都に着くって約束だったからね…。ちょうどいいんじゃない?それにおれは国から出奔している身だからね…。転移でいきなり王城はちょっと…、ね…」


「もう!誰もそんなこと気にしていないのに…。相変わらず強情ね!」


「誰に似たのかな?」


 ふふ…。


 どちらともなく笑みが零れる。防寒対策を施した今の装備ならひんやりとした空気と降り注ぐ日差しが地よい。


 その傍らにはいつものようにティアが立っている。相変わらず美しいティアだが今日はいつにもまして輝きが増しているように感じる。


「あらプレスちゃん気付いた?どう?これが女性冒険者風ナチュラルメイクよ!冒険者だからって女性であることを捨てる必要なんてない!いつでも美しくいたいという思いは大事にされるべきなのよ!」


「マルコの商会ではそんな商品を?」


「ええ。この数年で女性の冒険者が増えたの。それでこういったものを考えてみたのよ。王都の女性冒険者に広まっているわ!」


「あいかわらずの着眼点だね…。ティア、とても奇麗だよ」


 プレスに褒められティアの顔がほんのりと赤くなる。


「姉上に化粧品を頂きその使い方を教わった。あ、主殿が気に入ってくれるのであればこれからもこのようにしたいと思う」


「とっても気に入ったよ」


「ふふふ…」


 そんな二人様子を温かい目で見守っていた男性が近づいてくる。


「プレストン、本当にありがとう。あなたの協力でこの街は救われました。心から感謝します」


 そう言ってくるのはスワン司教。背後に控えているシスター達も頭を下げる。


「司教様にもお世話になりました。久しぶりにあの姿を見たかったけどね…」


 プレスは冗談っぽく笑う。


「ふふふ…。なんのことでしょう?」


 がっしりと握手を交わす。プレスはスワン司教とこれまで多くのことを語らい、彼から多くの教えを受けてきた。そんな二人にはそれ以上の会話は必要なかった。


 子供たちが集まってくる。プレスとティアの出立を聞いたのだろう。



 あの事件の後、プレスは孤児院に留まり街の様子を見守っていた。表舞台に出る気はなかったが深く関係した者の一人としてその結末を見届けたかったのである。


 結末として…、事件の真相についてはプレスら一部の者だけが知ることとなり多くの部分は伏せられることとなった。黒い魔物達の暗躍やフレデリカ聖教国の関与などは証拠が一切残っていない。下手に公表して住民に不安をつのらせるようなことはしたくないというプレスの考えに冒険者ギルド、騎士団、マルコやスワン司教は反対をしなかった。


 大量の魔物が街を襲った件は冒険者ギルドマスターのフェルナンドの計らいで冒険者達の活躍によって駆逐されたことが住民へと公表されスワン司教の活躍とクレティアス教の司祭が関与していたことは公にはされなかった。スワン司教の本当の姿を見た冒険者達も一応に口を噤んでいるらしい。きっともの凄い笑顔に威圧を上乗せして『秘密です』とかって言ったのだろうとプレスは思っている。


 街の中心にあるダンジョンから魔力が霧状に噴き出て魔物が溢れた件は小規模な魔物の暴走であったという内容が騎士団から発表された。既に騎士団がダンジョン内を探索し通常の状態であることを示したので住民たちは納得したようである。このあたりはマルコが上手く対応してくれた。


 行方不明とされていた者達の件は大量の魔物の発生によって壊滅した盗賊団のアジトの牢屋に押し込められていたところを冒険者達が発見し奇跡的に助かったという話が出来上がっている。大広場に倒れていた彼らを人目に付く前に治療院に運び込んだ冒険者と騎士団のお陰であった。助けられた者達の家族は涙を流して再会を喜び、残念ながら命を失った者達の家族もこれまでの思いにけじめをつけることができたと冒険者達に感謝していたとのことであった。


 ダンジョンコアはその姿を消したままだ。恐らく今もダンジョンのどこかを彷徨っているのだろう。


 孤児院で保護した互いにA級冒険者であるグエインとレイラの夫婦とその息子のリルはいつもの日常へと戻っている。


 アズグレイ商会は人知れず商売を畳んだとのことである。


 ちなみに当然の如くレーヴェ神国にはマルコが真実を伝えている。プレスが見つけたダリアスヒルの研究結果は既に聖印騎士団の四番隊隊長であるカレン=ハイウィンドの元へと渡っている。その研究結果を目の当たりにした彼女は狂喜したとか…。恐らく到着したらなんらかの報告は必要となるのだろう。


 そんな諸々を確認した後、プレスは出立を決めた。それまでの間、スワン司教の頼みでずっと孤児たちの相手をしていたのは秘密である。ティアも孤児たちとの交流を随分と楽しんだようだ。


「おじちゃーん!!またおはなしきかせてねー!」

「おねいちゃんもげんきでねー!」


 そんな声が次々と聞こえてくる。もう『お兄ちゃんと呼びなさい』と言うことに疲れたプレスは振り返ると笑顔で大きく手を振る。ティアも同じだ。


「主殿!この街が無事でよかった。多くの行方不明者達が戻ってきてよかった…。そしていろいろあったがあの子供たちに出会えて本当によかった。皆が健やかに育ってほしい。心からそう思うぞ」


「ああ。子供は国の宝ってね。彼らがこの国を支えていくのさ…。そんな未来であってほしいね。さてと、次はレーヴェ神国か…、きっと皆あの頃のままだろうね…」


 プレスが懐かし気に空を仰ぐ。


「主殿?」


 ティアからの声に笑顔で振り返る。


「ティア!きっと歓迎してくれるはずだ!行こう!レーヴェ神国へ!!」


「うむ!我はどこまでも主殿について行くぞ!主殿と共にあることが我の最大の望みであるのだからな!」


 どこまでも澄んだ冬の青空は今日が最高の旅立ちの日であることを物語っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る