第262話 最期の時

 プレスの詠唱に呼応して木箱の上方が開き一振りの剣が飛び出す。全てが金色に光り輝く片刃の剣。それを手にしたプレスの漆黒の瞳が金色に輝く。それと同時に巨大な魔法陣が大広場に出現した。赤紫色に輝く再構築リコンストラクションの魔法陣が展開され五百人の狂戦士化された人々を覆いつくす。


 その光景を確認した瞬間、プレスは神速をもって黒い魔物との距離を詰めた。


「ナ!?」


 黒い魔物は反応することもできない。無言のプレスが金色の長剣を振るう。プレスは黒い魔物の末路を確認することなく神速で五百人の狂戦士化された人々の群れに飛び込んだ。


 瞬く間に五十人以上が背中を斬り割られる。プレスは魔力回路を侵食している魔道具の位置を正確に捉え斬撃を加えていた。この様子は遠くから見ていた冒険者が後に『ただ一条の光が人々の中を駆け抜けていた』と語っている。


『速く…、もっと速く…』


 ただそれだけを考えプレスは金色の長剣を振るい続ける。既に百五十人以上は斬っているがまだ手は止めない。黒い魔物から伸びていた魔力の線は既に消失している。狂戦士化された人々が自身を壊すかのような暴走による同士討ちが始める前に全員の魔道具を消滅させる気であった。


 斬り割られた魔道具は金色の粒子となって消滅する。その直後に足元で展開された巨大な魔法陣から魔力が供給され人々の魔力回路が修復されてゆく。とりあえず修復のみだ。最終的に魔力回路を身体に定着させる過程が残るがこれは最後に行うことにする。


「くっ、これを主殿は神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの力を行使しながら行ったというのか?」


 ティアの額から一筋の汗が流れ落ちる。ここはダリアスヒルにあるダンジョンの深層。ダンジョンコアが映し出した大広間の映像を確認しつつ、ティアはダンジョンコアと魔力を同調させている。ダンジョンコアが再構築リコンストラクションの魔法を展開する中、ティアはその魔法が背中を斬り割られた者に作用した際に魔力回路の修復が行われるように働きかける。魔力回路の構造は人それぞれに独自の形がある。それを本来は、再構築リコンストラクションの魔法で修復する。その行為には膨大な魔力と極めて繊細な魔力操作が要求された。膨大な魔力はダンジョンが肩代わりをしてくれている。ティアは必死になって修復の魔力操作を行っていた。それはダンジョンそのものを吹き飛ばすような殲滅行為は容易く行うことのできるティアであるがそんな行為とは全く異なる難易度の作業であった。そう感じて出てきたのが先の台詞セリフである。


 プレスは神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの魔力では人族や亜人の魔力回路は修復できないと言っていた。神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの金色の魔力と大気中に漂っている赤紫色の普通の魔力は性質が異なるという。二つの異なる魔力をプレスは同時に操り冒険者であるレイラを助けた。スワン司教が奇跡と呼んだことに間違いはなかったと改めて思うティアであった。


 プレスの斬撃が五百人全員の魔道具を消滅させていく。その光景を見ていた黒い魔物…、…ギャロと仲間から呼ばれていた者…、は動けなかった。そして眼前に広がるその光景が信じられなかった。


 命を受け人族や亜人を狂戦士化する秘術を与えられてこの街に潜伏した。命令に従い深く静かに行動し五百人もの人族や亜人を捕え、秘術をもって狂戦士の軍団を組織してきた。この街を足掛かりに戦いに使える狂戦士を増やしながらレーヴェ神国本国へと潜入する。その目的は来るべき戦いでレーヴェ神国を亡ぼすこと。ただそれだけのためにやってきたこれまでの行動が瞬く間に灰燼に帰してゆく。


『ナニヲドコデマチガッタノカ…?』


 ふとそんなことを考える。魔剣士ジャーメインが来たからか…?いや…、計画が大きく変わったことは事実だがそれは些細なことだとギャロは考える。人族や亜人は脆弱な種族だと思っていた。本来ならば…、いや人族や亜人といった存在が我々の予測した戦力だけをもっていたのであれば、今回の侵攻は成功した筈だ。


「おれ達の戦力を見誤ったお前達の負けさ」


 プレスの言葉が思い出される。それと同時に視界が縦にずれた。頭から真っ二つに両断されたその体が光の粒子となって崩れ落ち始める。


「ソウカ…」


 最後の言葉が漏れる。


「我ラハコノ世界ニ住ム者ノ実力ヲ見誤ッテイタノカ…」


 それがダリアスヒルの失踪事件を起こしていた黒い魔物の最期であった。

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