第260話 黒い魔物達の誤算

 絶対防壁シールド・オブ・ヘリオスで造られた極めて強固な結界の中、プレスは飛び掛かってくる狂戦士化された者達の攻撃を長剣で捌きつつ縦横無尽に大広場を駆け回っていた。そんなプレスの隙を狙うかのよう黒い魔物から火矢フレイムアロー火球ファイアボールが放たれるがそれをまともに受けるプレスではない。


 魔法を躱すことは当然だがプレスは自身が躱した魔法が狂戦士化した人々に当たることがないように細心の注意を払って移動していた。


 しかしこの魔物にとっても誤算だったに違いない。何の問題もなければ既に街を蹂躙できていた筈だった。それが操っている狂戦士化した実験体と共に結界内に閉じ込められるとは思わなかった。


 自分たちの計画を豪快に邪魔してきたのは一人の冒険者。黒い魔物達が拠点の一つにしていたアズグレイ商会の別邸に侵入した男である。黒い魔物自身も滅びかけるような巨大な火球ファイアボールで自爆した筈であったが…。なぜその男が生きているのかは不明だがそれは問題ではない。たった一人の冒険者に自分の計画が邪魔されていることに我慢ならなかった。


「小癪ナ!!」


 苛立つ黒い魔物が上げた。その一方で、


『捌くことは…、できると言えばできるけど…、これではこちらも攻撃できないな…』


 無傷で大広場を飛び回るプレスもそれ以上の打開策を見出せなかった。常に視界の端へ捉えている黒い魔物を滅ぼすことはプレスにとって造作もないことである。しかし問題はその黒い魔物が狂戦士化された人々の魔力回路に干渉し操作しているという点だった。黒い魔物を滅ぼせば狂戦士化された人々全員の魔力回路が動きを止める。それは命が奪われることに等しい。


 一人か二人であれば命が尽きる前に再構築リコンストラクションの魔法を駆使して助けることができる。だがここには五百人以上の狂戦士化された人々がいた。


神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの力を使いながらでは再構築リコンストラクションの魔法を大規模展開ができない…。ティアが戻ってくれれば…、いや、ティアでもこの数の再構築リコンストラクションを同時展開して精密に操作するのは難しいかも…。空間ごと再構築リコンストラクションの対象にしてしまえば…?でもそれってどうやるんだ?』

 猛攻を捌きながらプレスは考え続ける。すると視界の端に捉えていた黒い魔物の口がニヤリと形を変えた。


「イイノカ?ソンナニノンビリシテイテ…?」


「?」


 怪訝な表情を浮かべるプレスに魔物は嘲笑うかのように続ける。


「フフフ…。貴様ガ手練レデアルコトハ理解シタ。シカシ、ソンナ貴様ガココニイテコノ街ハ大丈夫ナノカ?街ノ中心ニアルダンジョンカラハ大量ノ魔物ガ溢レテイルハズダ…。サラニ外カラモ大量ノ魔物ガコノ街ヘト侵攻シテイル。モウスグコノ街ハ滅ブダロウ。コレハサケラレナイ運命ナノダ!!」


「そうか?」


 涼しい顔でそう返したプレスは狂戦士化された者達の攻撃を捌くことを止めたりはしない。今度は黒い魔物に怪訝な表情が浮かぶ。


「街のダンジョンから溢れた魔物とこの街に侵攻をかける魔物ね…。どうなっていると…、この街に何が起こっていると思う?」


 そう言われてはっとする。結界越しに周囲を見渡しても何も起こってはいない。ダンジョンから溢れた魔物も外から進行している魔物も既に街に攻撃を加えていい筈なのに結界の外は静かなままだ。住民は各自の家で息を潜めているようだ。本来であれば街を捨て避難をする住民たちを背後から蹂躙する手筈なのにだ…。


「悪いな…。おれ達にも戦力ってものがある。ダンジョンから溢れた魔物もこの街へ侵攻していた魔物もダリアスヒルの街へ…、この街に住む人々へ辿り着くことはない。おれ達の戦力を見誤ったお前達の負けさ」


「ソンナバカナコトガアルカ!!!」


 激昂する黒い魔物。その瞬間、再び丘の頂上付近で大きな魔力の揺らぎが感じられる。プレスが見上げると火山の噴火の如く噴き出していた赤紫色の霧が止まっていた。


「…殿…、主殿…」


 ティアからの念話が聞こえてくる。


「ティア!どうだった?」


「ああ、問題ない。コアは無傷で救い出したぞ!!」


 その言葉にプレスはニヤリと笑う。その眼前には丘の頂上を凝視して驚愕している黒い魔物。


「ティア、聞いてくれ。手伝ってほしいことがある」


 ティアがいてくれれば可能かもしれない…。プレスはこの現状を打破することに決めた。

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