第257話 魔剣士との戦闘(高位の竜はダンジョンへ潜る3)

 ここはダリアスヒルの街にあるダンジョンの深層。ティアの眼前には腰に剣を差した黒い魔物、そして魔物の背後にはダンジョンコアがあった。銀色に光り輝くダンジョンコアには液状から変化し漆黒の茨状になった触手のようなものに絡めとられその輝きが失われつつある。


 魔剣士ジャーメインは驚いていた。ダンジョンの壁や天井といったものは不壊の物質と考えられておりジャーメインも今の今までそう信じていた。それを魔導士風のローブを纏った女が天井を穿つことで現れたのである。しかしすぐに考え直す。目の前の女はどう見ても人族である。人族の女にダンジョンの天井が穿てるわけがない。ジャーメインはその行為を大規模な儀式魔法か魔道具によるものだと考えたのだ。…随分と間違った推測ではあるのだが…。


「フフフ…、女、お前が我らの邪魔をする?面白い冗談だ…、がまあいい。人族の女を斬るのは久しぶりだ。この魔剣の餌食になれることを幸運に思うがよい。名前を聞いておこうか?」


 ジャーメインは剣の柄に右手をおいて構えをとる。余裕の笑みで口だけの表情が歪み紅い舌が見え隠れする。ティアとの距離はおよそ十メトル、武器を装備している様子はない。魔導士風のローブを着ていることからも魔法攻撃か魔道具の使用に特化した遠距離からの攻撃を得意とする相手なのだろう。この距離はジャーメインにとって有利な間合いだと判断する。


「貴様のような存在に名乗る名などない。それに聞いても貴様はすぐに滅ぶからな…、意味がないぞ?さあ、戦闘を始めようか?」


 挑発的にティアが問う。不快に思ったのか唇を歪めた黒い魔物はその瞬間、一足でティアの前に移動した。剣を抜き放つ…、がそこには刀身がなかった、いや見えなかったという方が正しいだろうか。この剣技を見切れたものなどこれまで一人としていない。その見えない刀身はやすやすとティアの上半身を両断する予定であった。だが、


「な、な、な、な、な!?」


 驚愕の声を上げる魔剣士ジャーメイン。


「なるほどこれを魔剣というのか…。魔力による不可視の刀身といったところか?だが残念だったな。我にはこれがよく見えるそしてこの程度の速度ではこのようになる」


 そこには不可視の刀身を右手の親指と人差し指でつまんでいるティアの姿があった。


 次の瞬間、


「ふん!」


 ティアの左手が一閃される。その拳は驚愕しているジャーメインの顔面を正確に捉えていた。神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクと同等の力どころかただの魔力さえも纏っていない普通の拳はジャーメインの頭部を粉砕しその体はダンジョンの壁まで吹き飛び激突した。爆音が轟き粉塵が舞い上がる。ティアはジャーメインが吹き飛んだ先から視線を外さない。舞い上がった粉塵が徐々におさまる。そこには立ち上がろうとするジャーメインの姿があった。既に頭部は半分ほど復元されている。そしてその手にはまだ魔剣が残されていた。


「ほう、やはり再生するか…。それにしてもその魔剣とやら、刀身を消すこともできるのか…。なかなかに面白い武器ではあるな」


 ティアが感心したように言う。


「ググググググググググ…、オ、女…、貴様ハ………、ナニモノダーーー!?」


 激昂するジャーメイン。全速でティアとの間合いを再度詰め、不可視の魔剣を振うがその斬撃は一つとしてティアには当たらない。


「コロス!コロス!コロス!コロス!コロス!コロス!コロス!コロス!コロス!」


『剣もそうだが、技もな…。主殿の剣技とは比べるべくもない…』


 余裕で躱し続けながらそんなことを考えるティア。そして、


「せい!」


 神速を持ってジャーメインの側面へと移動したティアは魔剣を持つ魔物の右腕へ下から上に手刀を振るう。この手刀は先程の拳と同じではない。プレスの持つ神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクと同じ金色の魔力が込められていた。その結果、


「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 ダンジョン内に響きわたるジャーメインの絶叫。右腕を切り落とされ自身も再度吹っ飛ばされて天井に激突する。しかしそれだけではなかった。痛みを感じたのだ。黒い魔物達は痛みを感じることがない。そう造られている筈なのだ。初めて感じる激痛という感覚に耐えられないジャーメインが地面に突っ伏して呻く。


「ナンダ!?ナンナノダ!?コノ感覚ハ??ナ、ナンダ…?ミギテガ…、…………再生デキナイ??キ、キ、キ、キ、キ、キサマ!!ナンダコレハ!?イッタイ…、イッタイナニヲシタノダ!?」


「さて…。終わりにしようか…」


 ジャーメインが顔を上げるとティアが一歩ずつこちらへと歩みを進める光景が飛び込んできた。ここに至ってジャーメインは自分と相対している存在がとてつもない存在であることを認識した。そんなジャーメインがよろよろと立ち上がる。何故かその口元にはうっすらと不気味な笑みが浮かんでいた。

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