第254話 異形の姿(司教様は銀の槍を携える7)

 左腕を失ったクレティアス教の司祭が荒い息を吐きながら立ち上がる。


「貴様…、いま何をした…?」


 先程まで見せていた余裕の笑みは既にそこにはない。


「左腕を斬り飛ばしただけだ。まだ終わらないぞ…?さっき言ったよな…、ここにいる俺達を皆殺しにする…、だったか?であれば逆に殺されることも当然あり得ると理解しているのだろう?」


 瞬間、銀の槍が閃くと男の右脚が吹き飛ばされる。バランスを崩した男が顔から地面へと倒れ込んだ。


「そんなものか?さあ、神に祈りを捧げるときってやつだ。どうした?貴様らの光の女神ヴィルナヴィーレとやらは助けてはくれないのか?あんなものにそんな力があるとは思わないがな…」


 あからさまに挑発的な言葉を投げかけるスワン司教に憤怒の表情を浮かべ睨みつける男。黒いローブは最早その原型を留めてはいない。


「ま、クレティアス教の司祭ごときに本気になった俺もまだまだ修行が足りないといったところか…。親父さんマルコに何て言われるか…。こんな歳になってお説教なんて勘弁なんだが…。………おいおい、こんなに隙を見せてやっているのに何もしないのか?狡猾に暗躍し貴様らが見下す者達の全てを打ち砕き破滅へと導くことがお前達にとっては至上の喜びなのだろう?俺はそんな行為が楽しいとも思わないが、お前にも全てを打ち砕かれた側ってやつを体験させたかったのでな」


 そう言って黒い笑みを浮かべるスワン司教。既に普段のスワン司教の面影はそこには無かった。そこにいたのは黒い翼を持ち銀の槍を携える一人の好戦的な戦士…、いや騎士なのだろうか…。その姿を目の当たりにした冒険者達は表情こそ青ざめてはいるが、これほどの力を持つ者が味方であったことに幸運を感じていた。


「ひ、ひひ…、ひひひ…、貴様は何も分かっていないぃー。聖女様から頂いた奇跡の力をぉ…。ひひ…、この奇跡の力でぇー。今度こそ皆殺しにしてあげるよぉ!!!!」


 体を震わせつつ既に正気とは思えない状態の男は残された右腕で自身の胸元をまさぐると何かを取り出す。それは燻んだ銀色のペンダントに見えた。それを見たスワン司教は顔を顰めた。


「やはり持っていたか…。それ程の愚かな行為をしてまで俺たちを殺したいか…。面白い…。やってみろ!!貴様らの醜い欲望の終着点が単なる滅びにしか過ぎないことを教えてやる!」


 ニヤリと表情を歪めた男はペンダントトップを握り締め、魔力を注ぎ唱えた。


「我が命を我らが信じる光の女神ヴィルナヴィーレと聖女様に捧げる!!」


「全員距離を取ってくれ!皆を庇いながらは難しいかもしれない!!」


 男の言葉にかぶせてスワン司教から冒険者達に指示が飛ぶ。その声に我へと返った冒険者達は一様に距離を取るため後退した。その最中にも男の全身が赤紫色に輝き始める。視認できる程の大量の魔力が溢れ出したのだ。さらに顔や体からボロボロと皮膚が落ち始める。皮膚だけではない耳も鼻も唇も落ちまさに異形の者へとその姿が変化する。そして剥がれ落ちた皮膚の下からは赤黒い肉塊が覗き、張り付いた血管がドクドクと脈を打つのが見てとれた。体そのものも二回りは大きくなっている。


「なんだ?あれ…?」

「き、気持ちわるっ」

「お、おえー…」


 冒険者達はその異常な光景に驚愕している。


「司教様!何なんだよ!あれは!?」


 一人の冒険者からの声が飛ぶ。


「あれはクレティアス教の司祭が身に着ける『慟哭の銀鎖』というもので、命を触媒に持ち主を魔獣に近い存在へと変化させる魔道具さ」


「だ、大丈夫なのかよ!?」


「問題ない!」


 さも当たり前のように答えるスワン司教。ここにいる冒険者達ならば異形の変化を遂げつつある化け物が発する強大な魔力が理解できる。とても戦うどころではなくスワン司教に任せるしかなかった。そしてゆっくりと異形の姿となったかつての黒いローブの男が立ちあがる。


 赤黒く禍々しい肉体に全身が包まれ、顔は穴の開いたような目と不気味に笑う口があるのみ。そして頭部からは三本の角が生えている。まさに魔獣にちかい存在へとその生命の形を変化させたのだ。

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