第253話 黒い翼と銀の槍(司教様は銀の槍を携える6)

「クレティアス教のような邪教の信徒にもそこの黒い魔物にも従う謂れなどありません。あなた達はここで滅びるのです!!」


 スワン司教のその言葉には断固とした決意が込められていた。背後で見ている冒険者達はその迫力に圧倒され声も出ない。


「ひひ…。君ってやつはこの状況でそんな頭の悪い判断を下すんだねぇー。殺すのは面倒くさいからってせーっかく生かしてあげようと思ったのにぃー。んじゃ、先ずは人質だね!」


 気色の悪い笑みを絶やすこともなく黒いローブの男が右腕を振ると三十メトル程後方の巨大な火球ファイアボールが拘束された三人目掛けて一気に落下する。


「いつもそうだ…」


 冒険者達の耳にスワン司教のそんな言葉が聞こえたような気がした。それと同時にスワン司教の姿が消える。そして火球ファイアボールが炸裂し凄まじい爆風と轟音が周囲を覆いつくした。黒いローブの男と黒い魔物が声を上げて笑い、冒険者達は地面に伏せて爆風をやり過ごす。


「ひひひ…、自分の判断の間違いを理解したかなぁー?あとは君と冒険者諸君を皆殺しにすればすべてが解決ってことに…」


「貴様らはいつもそうだ…」


 黒いローブの男の声を遮るように彼の背後から強い意志のこもった中低音バリトンが響いた。声に魔力を乗せる魔導声音という技術である。クレティアス教の司祭が怪訝な表情を浮かべ振り返る。立ち上がった冒険者達はその声方向に視線を送った。その声は火球ファイアボールが着弾したその場から聞こえてきたのである。


 周囲の炎はまだ完全には消えてはいないが舞い上がった粉塵と煙が風に攫われる。そこに人影が現れた。銀の槍を持ち、黒を基調としながら白いラインの入った質素な祭服。スワン司教である。そして彼を中心にした地面には焼け跡一つなく青々とした草が残り人質の三人も無傷であった。


 しかしその光景を目の当たりにした冒険者達はさらに息を呑む。スワン司教の背には翼があった。羽毛を纏った白鳥を思わせる大きく美しい翼ではあるがその色は闇をも呑みこむほどの漆黒である。声も出ない冒険者達であるが彼らはその光景に思い当たることがあった。


 黒い翼を持ち銀の槍を携えたレーヴェ神国の騎士を題材にした英雄譚。人族と魔族の血を引く一人の男が騎士を目指し、周囲からの助けもあって立派な騎士へと成長し、レーヴェ神国に降りかかる様々な厄災を退ける…。この国の子であれば一度は見聞きしたことのある有名かつ人気の物語。


「黒い翼と銀の槍…」


 冒険者の誰かが呟いた…。


「貴様らはいつもそうだ…。尻尾を振る奴隷同然の信者を厚く遇し、獣人を卑下し、自分たち以外を斬り捨てる…。無意味な悪意を他者へと向け、その成功の悦に浸る…。何が楽しい…?何がしたい…?あいもかわらず貴様らが信奉する光の女神ヴィルナヴィーレと聖女ってのは邪神とそれにへつらう使徒なのか?」


 魔力を乗せた魔導声音が響く。冒険者達が青ざめる。スワン司教の声の筈だが口調も圧力もこれまでとはまるで違うのだ。


「貴様ぁ…、女神様と聖女様への侮辱は…」


「あ、そう言えば俺を殺すって話だったな?その隣の魔物みたいにか?」


 遮ったスワン司教の言葉に顔を歪めた黒いローブ男は横の魔物に視線を移す。


「カ、カ、カ、カカカカカカカ…」


 すると黒い魔物が異音を放ちながら徐々に痙攣を始める。


「カカカ…、カパァ!!!!」


 断末魔ともとれる不快な残響を残して黒い魔物が細切れに寸断されその体が塵のように舞い上がって消滅する。クレティアス教の司祭に今はっきりと困惑と驚愕の表情が浮かんだ。


「あまりにも隙だらけだったので攻撃させてもらった。ま、お前も俺達を皆殺しにするって言っていたから滅ぼされても文句は言えないわな?どうせ俺もそうするつもりだし…」


 未だ黒いローブの男から三十メトルは先に佇むスワン司教はそう言って銀の槍を構え直す。


「この俺を相手にして人質を取るという愚かな行為をしたことの報いは受けてもらう。それに最初に言っておくが…。俺は最強と謳われるどこかの現騎士団長ほど騎士道も慈悲の心も持ち合わせてはいないから…」


「ぎぃやあああああああああああああああああ!!!」


 瞬時に黒いローブの男の左腕が吹き飛ばされ、男の絶叫が響き渡る。冒険者達は男が何をされたかすら理解できない。


「そう簡単に死ねるとは思わないことだ…。貴様には絶望と恐怖を味わってもらうことにしよう…」


 いつのまにか黒いローブの男の眼前に黒い翼を生やし銀の槍を携えるスワン司教が立っている。これまでとは全く異なる攻撃的な口調と笑みを浮かべたスワン司教が銀の槍を構えるのだった。

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