第251話 魔物の群れに潜む者(司教様は銀の槍を携える4)
先程までダリアスヒルの街を目指して移動していた魔物達が今は動きを止めている。その光景は異様であった。後方の冒険者達は何が起こったのか理解できないようで困惑した声が上がっている。
そんな状況下、魔物達の群れの奥深くでスワン司教を含めた冒険者達と一人の男が魔物達に囲まれながら対峙している。
「ボクの声が聞こえているのかなぁー?どうする?ひひひ…」
商人の首にナイフの刃を当てつつそう話しかけてくる金のラインが入った黒衣のローブを纏った男の視線の先はスワン司教がいた。スワン司教より早く背後の冒険者達から声があがる。
「あいつは行商人のモンタスじゃねぇか?」
「ギルドの前で出店をやっていたあいつか…?」
「確か二、三日前にこの街を出たと思ったが…」
「巻き込まれたか…」
口々に呟きながら動きを止める。スワン司教は人質になっている商人のことを知らなかったがどうやら冒険者達にとっては馴染み者らしい。
「はやくしてよー!せっかく魔物達を揃えたのに君たちのせいで台無しになるところだったんだからさー。分かり易い交渉でしょ?まー、大人しく街に逃げ帰ってくれることを期待しているんだけどねー。ひひひ…」
気味の悪い笑みを浮かべた男の口調は本気なのか冗談なのか分からない。だがこの場にいる全ての冒険者達はこの男が常軌を逸していることだけは理解していた。冒険者達の視線が自然とスワン司教に集まる。ここにおける最大戦力は間違いなくスワン司教である。彼がどのような判断を下すのか…、冒険者達は声をかけることもなくただ彼の背中を見つめていた。周辺一帯が奇妙な静寂に包まれる。
「……………相変わらず…、ということですか……………」
静寂を破ったのはスワン司教の呟きであった。
「なーに?なんだってー?」
黒いローブの男はヘラヘラと笑いながら大仰な所作でもって聞き返した。
「再びそのローブを目の当たりにするとは思いませんでした…。フレデリカ聖教国でしたか…」
「司教さん?」
冒険者の一人が声を上げた。それと同時に黒いローブの男が顔を顰める。
フレデリカ聖教国はこの大陸で信仰されている宗教の一つであるクレティアス教の総本山として知られている。この大陸では西側に行く程、人間と獣人などの亜人を区別し、亜人への差別的な対応を取るクレティアス教の信仰が強くなる傾向があった。そしてここは紛れもなく大陸の東側。多神教であり人族も獣人も関係なく暮らしているこの地域でフレデリカ聖教国の印象は最悪であった。
「フレデリカ聖教国だって!?」
「あいつが今回の騒動を引き起こしたのか!?」
「司教さんはあいつを知っているのか?」
次々と背後からかかる声に振り向くことなく黒いローブの男から視線を外さずにスワン司教は頷いた。
「彼を直接は知りませんが、あのローブはクレティアス教の司祭が身に着けるものです。司祭と呼びましたがそれは名ばかりで各地で諜報、暗殺、破壊工作を行うという…、まあ、あえて言葉にするならちょっとおかしいヤバい連中…、ということでしょうか…。ただ個々は高い戦闘能力を持っている場合が多いので
冒険者達が息を呑む。これほどの規模の魔物の群れをたった一人で作り出したことに男への脅威を感じたのだ。
「へー。僕らのことを知っているなんてねぇー。君、ナニモノ?ひひひ…」
気色の悪い笑みに凄味を増して男が話しかけてくる。しかしスワン司教は男を気に留めることすらない。全く表情を変えずに銀の槍を構え始める。
「話が早くて助かりました。私があなたと取引することは…」
ゆったりと銀の槍が動き始める。背後の冒険者達にはその動きはとても緩慢なものに見えた。ぴたり…、スワン司教の構えが止まる。その瞬間、
「ありえません!!」
言葉と共に神速で銀の槍が振り抜かれる。同時に周囲を囲んでいた魔物達、その全てが真横に両断された。当然の如く冒険者達は無傷である。そして同じタイミングで黒いローブの男と人質に取られていた商人の頭部が吹き飛ばされるのだった。
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