第250話 魔物の群れの奥深く(司教様は銀の槍を携える3)
ダリアスヒルの街を目指して進行していた千を超える魔物の群れはその勢いを完全に失っていた。近接戦闘で生まれた戦線はダリアスヒルの街側へと下げられることはなく、徐々に冒険者達が押し返す様相を呈している。もちろんこれには大規模討伐依頼に参加した冒険者達の活躍が大きく影響している。
しかし、実際に参加した冒険者達は自分たちの活躍以上の要因があることを否定できない状況だった。
「は!」
美しく輝く銀の槍が振るわれると同時にB級以上の冒険者で構成されるパーティが討伐に必須と言われる身の丈が三メトル以上あると思われるサイクロプスが両断される。
「す、すげぇ…」
「さっきからヤバすぎだろ…?」
「普段は優しそうな人だったのに…」
「おまえ教会に行ったことがあったか?」
大量に集まっていたオーク、コボルト、ゴブリンといった魔物を蹴散らしていた冒険者達が思わず声を漏らす。ここは魔物の群れの奥深く…、つまりここが最前線でここにいるのはスワン司教が切り開いた魔物の群れに彼と共に飛び込んだ冒険者達だ。この最前線にいるということは彼らもダリアスヒルの街ではそれとしられたA級、B級の冒険者達である。
そんな彼らであっても銀の槍を携えたスワン司教の動きはとんでもないものだった。臆することもなく若干の黒い笑顔を浮かべながら次々と大量の魔物を突き刺し、斬り払いながら殲滅するその姿は、普段の温厚なスワン司教を姿を知っているものからすると完全に別人である。
「ガーゴイルだ!!」
「上空、東の空、五体!!」
誰かが叫ぶ。東側の上空にガーゴイルが現れたのだ。ガーゴイルは何らかの魔力を纏って動く空飛ぶ石像である。その姿はワイバーンに似ているが石で造られているためなのか物理攻撃、魔法耐性が共に高い。そのためワイバーン以上に厄介な魔物と言われていた。
「新手か!?なんでダンジョンでもない街の郊外にガーゴイルが!?」
そう声が上がる。その冒険者の認識が正しい、というのもガーゴイルはダンジョンに出現する魔物というのが冒険者の共通認識である。想定しない魔物の登場に冒険者達の間に動揺が走る。
「こんなところにガーゴイル?」
「どうしてだ!?」
「魔法の使える奴は?」
「まだ後方だ!ここまで来るには時間がかかる…」
狼狽えている冒険者達の耳に落ち着き払った声が届く。
「ここは私に任せてもらいます!」
全員の視線が声の方へと向く。
「司教さん…」
そう呟いたのは巨大な斧を持つA級冒険者だったかもしれない…。
スワン司教が流れるような動作で放った銀の槍は五本の光の筋に分かれると瞬時にガーゴイル五体が空中で吹き飛んだ。
「「「…」」」
全員が声を無くし時が止まる。魔物の群れも一瞬だが硬直したようだ。
「どうしました!?まだ戦いは終わっていませんよ!?」
そんな言葉と同時に凄まじい勢いでスワン司教が銀の槍を振るうと彼を中心にかなりの範囲で魔物達が両断される。もちろん冒険者は無事である。どのような力が振るわれているのか見当もつかないが、今の攻撃で我に返った冒険者達が戦闘を再する。状況は明らかに冒険者側に有利な状態であった。
スワン司教が魔物の群れに向かいさらに歩みを進めようとした時、
「そこまでにしてくれないかぁ?ひひひひ…」
なんともふざけた調子の声が戦場に響いた。その言葉と共に魔物達が動きを止める。
「な、なんだ…」
「誰だ…?」
「気をつけろ!言葉を理解する魔物ならヤバい…」
「そういうことか…」
突然の声に冒険者達が警戒する。こんなところに冒険者以外の者がいるとは思えない。言葉を解する魔物は強大な力を持つ場合が多い。冒険者達は戦慄していた。
そんな冒険者達を背後に置きながらスワン司教の視線は魔物の群れの奥に注がれている。
「何者ですか?」
スワン司教が銀の槍の穂先を視線の先へと向けた。前方に位置していた魔物の群れが左右に割れる。
「随分と暴れてくれたねぇ。ひひ…。この状況をよくみて大人しくしていてほしいんだよねぇー?」
そんな言葉と共にスワン司教や冒険者の前に現れて光景は…。
人質と思われる商人風の男の首に刃物を突き付けながら気味の悪い笑みを浮かべるローブを纏った神官風の男が魔物達のど真ん中に立っていた。
スワン司教はその様子を見て僅かに表情を歪める。男が纏っている黒衣のローブには金のラインが入っており、それは『聖なる』という表現よりかは『禍々しい』といったほうがよいくらい不気味な雰囲気を湛えていたのだった。
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