第248話 大広場へ

 ティアが下層のコアを目指してダンジョンの床を打ち抜いたころ、プレスは赤紫色の霧を噴出する丘の頂上を注視していた。その隣にいるマルコは騎士達に次々と指示を飛ばす。


「ダンジョンから魔物が溢れ出すはずよ!冒険者達と連動して事態の対処に当たるわ。これまでの打ち合わせ通りにあなた達は各自迎撃の準備を整えてダンジョンの入り口に繋がる道に集合!各隊に伝えて!」


 その指示を聞いた騎士達が伝令へと走る。そんな中、マルコが耳に手を当てて俯く。どうやらどこかから念話が入ったらしい。誰かと話すその表情が僅かに歪む。


「マルコ?サラからの念話?」


 プレスはレーヴェ神国聖印騎士団の五番隊で隊長を務めている魔導士のサラ=スターシーカーだと直感していた。現在の聖印騎士団で念話を正確に使用できるのはサラくらいのものである。


「ええ。どうやらレーヴェ神国の国境やや外側にある複数の小規模ダンジョンで赤紫色の霧が噴き出す異常が発生したみたいよ。国外とはいえ国境付近、近くには村もあるらしいから聖印騎士団も含めて対応に当たるって!」


「………陽動?というよりはレーヴェ神国からの援軍を遮ることが目的かな?」


「まあ、そんなところでしょうね」


「ダンジョンに異常を発生させる漆黒の魔道具の対応はサラとミケが港湾国家カシーラスで一度対応しているからあっちは任せて大丈夫。こちらも問題ないと伝えておいて!それにこれだけで終わるなら…」


「簡単よね…。街の外にはスワンちゃんがいるし、ダンジョンはティアちゃんが必ず元に戻すし…。プレスちゃん、納得がいかないって顔をしているわよ?」


 マルコの指摘の通りプレスは怪訝な表情を保ったままその索敵能力で広範囲を探っていた。想定した一番最悪のシナリオはダンジョンでスタンピードを起こしそれと同時に攫った人々を狂戦士化した状態で街を襲わせるというものだ。しかし異常事態の発端はダリアスヒルの街の外に大量の魔物の群れが発生し街を襲うというものだった。スワン司教が出た時点で魔物の群れは脅威とは言えないしティアは確実にダンジョンコアを救うだろう。しかし恐らくはもう一つの事態が起こるとプレスは予想する。


「やっぱり予想通りの事態が起こりそうだけど…、って、これは…」


 違和感を覚えたプレスは背後に広がる街並みへ視線を向ける。プレスの索敵能力に異常な存在が引っかかったのだ。


「プレスちゃんの悪い予感は本当に当たるわね」


 マルコもそれに気付いたようだ。


「こっちの方角だと…」


「街の大広場ね。転移の魔法が使われているみたいよ」


「おれが行く。狂戦士化された者達が相手なら一人の方がやりやすい。騎士や冒険者では上手く立ち回れないだろうからね…」


「わかったわ!プレスちゃん。気を付けて!」」


「ああ…」


 マルコの言葉に頷くと共にプレスは神速で移動を開始した。一陣の風と共にプレスの姿が街の中へと消える。




 普段は住民で賑わうはずの大広場にその喧騒は見られない。自宅待機を指示されていた住民の大半は自宅で意識を失っているところだろう。そんな静まり返った大広場に人型の魔物の姿があった。


「…本意デハナイガ、コノ者達ノ暴レル姿ヲ見ルコトガデキルノハ僥倖トイッタトコロカ…」


 そう呟く黒い魔物の手には転移を行う魔道具がある。その魔道具が鈍く輝く度に人族や亜人が次々と姿を現す。そしてその彼らの様子は大変に奇妙なものであった。目には精気がなく魂を抜かれたかのように表情もなく佇んでいる。そんな者達が大広場の一角を埋め尽くす勢いで転移されていた。その数、およそ五百人…。


「ククク…。コノ者達ガ同族同士デ殺シ合ウ…、ソノ中ニ家族トイウ者達ガイルカモシレナイ…。ソレガモタラス人々ノ絶望ハアマリニモ甘美ダ…。フフフフ…」


「これはむごい…、むごすぎるね…」


 その言葉を背後に聞いて黒い魔物は慌てて振り返る。そこには木箱を背負って長剣を携えた冒険者風の男が立っていた。


「キ、キサマハ!?」


「へー、あの火球ファイアボールでも死ななかったとはね」


「バカナ!!キサマハ自爆シタハズダ!!」


「そう見えたら作戦が上手くいったよ」


 いつもの口調に戻ってプレスがそう返す。


「お前達の行動は分かっている。大量の魔物を街の外に出現させ冒険者や騎士にその対処に当たらせる。そして手薄になった街を狙いダンジョンでスタンピードを起こし攫って狂戦士化した人々を街中で解き放つ、といったところだろう?」


 プレスは自身の言葉に黒い魔物が表情を歪めたように感じた。


「残念だったな…。お前達らしくない表立った行動でこの街を堕とそうとしたのだろうが…、その愚かな行いを後悔させてやるとしようか…」


 そう言ってプレスはゆったりと長剣を構えるのだった。

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