第247話 獰猛な笑顔(高位の竜はダンジョンへ潜る1)

 早朝、ダリアスヒルのダンジョンへと足を踏み入れたティアはダンジョン内の迷宮を高速で移動し続けていた。ただ闇雲に走り回っているわけではない。ダンジョンコアは例外なく大きな魔力反応を示す。


 プレスの従魔となったことで竜という種族を大きく超越した何かになったティアの魔力感知能力は非常に高い。その能力を駆使して迷宮内の魔力反応の大きい場所をしらみつぶしに探っている。ダンジョンコアではない大きい魔力反応はこの世界に住む人々にとって強力とされる魔物であったがティアはそれらを瞬殺しながらその歩みを進めていた。


 既にかなりの時間が経過しているが迷宮はティアの想像を超えて大きくその全貌はまだ分からなかったがティアの心に焦りはない。この状況を想定していたプレスからの指示があったのだ。


「ティア。恐らく黒い魔物達はダンジョンのコアの位置を特定する魔道具を持っている。そしてこのダンジョンは迷宮そのものが変化する難易度の高い迷宮型。ティアがどんなに急いでも恐らく相手の方が一歩先にコアに到達するだろう。ダンジョンの異変はきっと発現し魔物がダンジョンから溢れる。だけどそれ心配する必要はない。おれとマルコ、騎士団と冒険者達が街を護ってみせる。そしてそれを絶好の機会チャンスとしてほしい」


「主殿?絶好の機会チャンスとは?」


「ダンジョンに異変が起きるぐらいの影響をダンジョンコアに与えておいてそのコア周辺に何も起こらないなんて思えない。きっと強烈な魔力反応が発生する筈だ。それを感知して一気にそこへ移動すればいい。後手に回るけどそれはほんの一瞬さ。ティアがコアを元に戻してくれるまでの時間、街はおれ達が護ってみせる!」


 笑顔でそう説明するプレスの顔をティアはその美しい瞳で真っ直ぐに見つめ答えたのだった。


「主殿!このティア、その役目を必ず成し遂げてみせるぞ!」


 そんなティアの前に現れたのは巨大な土竜アースドラゴン。ダンジョン以外だと深い森の奥や山岳地帯に生息する人語を解さず魔法もブレスも使えない四足歩行のドラゴンである。全長およそ三十メトル。ブレスは吐かないが、特徴的な背びれを持つそのドラゴンは、硬い外皮で全身を覆っており物理攻撃でも魔法攻撃でも効果的なダメージを与えることができない厄介な魔物として知られていた。討伐するには大規模な討伐隊を組み、柔らかい土の地面に誘導した後、土魔法が使える数十人によって作成した巨大な穴に落下させ、そこに水魔法が使える者達数十人で穴を水で満たすことによる窒息死を狙うのが常套手段とされている。


 ゴアァァァァァァァァァァァァ!!


 土竜アースドラゴンが雄叫びを上げて威嚇する。


「またコアではなかったか…」


 そんな土竜アースドラゴンを無視するかのようにそう呟いたティアは神速をもって土竜アースドラゴンの右側面へと移動した。


「ガ!?」


 ティアの姿を見失ったことに驚いたような声を上げる土竜アースドラゴンを気にすることもなくティアはその右拳を竜の脇腹へと深々と打ち込んだ。


「!?」

火球ファイアボール!」


 己の強力な外皮が貫かれるとは夢にも思っていなかった土竜アースドラゴンが痛みによる絶叫を上げる隙すら与えることなくティアが竜の体内で強力な火球ファイアボールを炸裂させる。火球ファイアボールは当たると爆散し広範囲に熱ダメージを与える魔法だ。そんなものが強力な外皮に覆われた体内で炸裂するのだからたまったものではない。体内を高温で焼き尽くされた土竜アースドラゴンは瞬時に絶命した。普通こんなことをすれば魔法を使用した者の手も大変なことになる筈なのだが土竜アースドラゴンの体内から無造作に引き抜かれたティアの右手には傷一つついていない。


「ふう。ここも違った…。さて、次は…」


 そう呟いた時…、ダンジョン全体が震えるように揺れた。凄まじい魔力の波動がティアの身体を通過する。もちろんそれにティアが影響されるようなことはなかったが、タイミングを同じにして周囲に赤紫色の霧が立ち込め始める。


「この霧は確かあのダンジョンから溢れていたものと同じ…」


 ティアには見覚えがあった。港湾国家カシーラスにて河口の街リドカルから首都ヴァテントゥールへ向かう途中で遭遇した小規模ダンジョンから溢れていた魔力と同じものを感じる。


『ダンジョンに異変が起こったか…。ということは…』


 そう思った矢先、ティアが固まった。口元に獰猛な笑みが浮かぶ。その表情は造絶なまでに美しかった。そんな笑みを浮かべつつ獲物を狙う獣のような瞳でダンジョン内の一点を凝視する。


『強力な魔力反応…。これまでのものとは全く異なる異質な魔力とそれに抗おうとする魔力…。見つけた…。見つけたぞ…』


 ティアは魔力探知に集中しその位置を正確に特定する。その巨大な反応を見失う筈がなかった。瞬時に移動を開始する。数分間だろうか移動を重ねた後、ティアがその足を止めた。


「ここだ。先程から移動してはいない…。主殿から教えて貰った単位だと、この真下…。三キロメトルといったところだろうか…」


 口元に獰猛な笑みを浮かべたままティアは右の拳を握る。その拳に光が集まり始めた。プレスの持つ神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクの力…。この世界を造った神々すらも滅ぼせる力と同じ力がティアの右手に集中される。そうしてティアは構えを取った。


「さて…、この街に仇なす者に滅びを与えるとしよう…」


 そう呟くと徐にティアは拳を振り下ろした。そうそれはとてもゆったりした動作に見えた。しかしその様子とは裏腹に本来は不壊とされるダンジョンの床は凄まじい轟音と共に崩れ落ちる。


 ティアの姿は地下深くへと消えるのであった。

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