第244話 銀の槍(司教様は銀の槍を携える1)
「司教様よ…。俺も神官職が回復魔法を得意にしていることは知っている。だけどあなたがホントにここまで出張って大丈夫なのか?」
そう聞いてくるのは巨大な斧を背負った年配の冒険者。この街でも少ないA級冒険者でありこの集団のリーダーの一人に抜擢された者である。彼はスワン司教が孤児院の責任者をしていることをよく知っているため心配そうに聞いてきた。周囲の冒険者達も複雑な表情をしている。
ここはダリアスヒルの街を囲んでいる城壁の外に広がる開けた草原。スタンピードらしき魔物の群れの対策としてかき集められた数百人の冒険者達がこの草原に陣を展開していた。その先、二キロメトル程のところに深い森が見える。その中を魔物達がこちら向けて進行しているとのことだ。つまり千を超えるという魔物がダリアスヒルの街へと向かうコースのど真ん中である。
「ええ。問題ありません」
全員が武装している中、落ち着き払ってそう答えるスワン司教はいつものように黒を基調としながら白いラインの入った質素な祭服を纏っていた。
「だけど回復役だったらもっと後方で…」
「会議ではそんな話もあったかもしれませんが私は前衛です。こう見えてもかつては騎士をしていたものですから…。もちろん回復魔法もある程度は使えますがね」
「はい…?」
周囲の冒険者達の目が点になった。
ギルドマスターのフェルナンドが高位冒険者を招集した会議の場で今回の魔物の討伐については冒険者ギルドからの大規模討伐依頼とされることが決定された。そしてその場でスワン司教は自身の参戦を願い出たのである。ダリアスヒルの街においてスワン司教は街の名士の一人として知られている。そんなスワン司教が魔物と戦うと言い出したので冒険者達は当然の如く反対したのだが、
「大丈夫。司教様はおれと同じくらい強いよ」
こともなげにそう言ったのはプレス。直前の応接室でプレスがレーヴェ神国聖印騎士団の者であることを知らされていたフェルナンドはギルドマスターの責任と権限でスワン司教の参戦を認めるしかなかった。異を唱えた冒険者には回復役は多い方がいいという理由にして説き伏せた。
「回復役とでも言わないとここまで来ることはできそうにありませんでしたから…。しかし足手まといにはならないことは保証しますよ」
いつもの優しいトーンでスワン司教はそう語りにこりと笑みを浮かべる。そのとき森の中、斥候からの狼煙が上がった。魔物の群れが森から出てくるまであと僅かだろう。
「ま、ここまできたらもう後戻りはできないからな。司教様は死なないでくれ。あなたに死なれると寝覚めがわるい」
「ありがとうございます。気を付けますね」
あくまでもスワン司教はいつもの調子だ。
「野郎ども!!滅多にない大規模討伐依頼だ!!しっかり稼ぐぞ!!」
リーダーの声が響き、それに全員が呼応し鬨の声を上げる。それと同時に森から魔物達が溢れ出すが、冒険者達の目に飛び込んできたのは絶望に近い光景だった。ゴブリンやボアといったよくみかける魔物もいたのだが、B級以上の冒険者で構成されるパーティが討伐に必須と言われるワイバーン、バジリスク、サイクロプスなどが相当数いる。
「こ、これはヤバくないか…?」
「ああ。流石に死ぬかもな…」
「生き残ったら大儲けだな…」
「ああ、そういうことにしておこうぜ…」
口ではそう言ってはいるが大量の強力な魔物達を前にして冒険者達の足が止まる。
「申し訳ありませんが一番槍は私に任せてもらいます」
そんな中にあって穏やかながらに強い意志のこもった
「「「「「司教さま!?」」」」」
最前線に展開していた冒険者達の驚きの声と視線がスワン司教に注がれる。いつの間にかスワン司教の手には銀色に輝く美しい槍が握られていた。スワン司教が槍を構える。魔物の群れは二キロメトル先、一体何をするつもりなのか…。冒険者達にはその動作がひどくゆっくりとした動きに見えた。
「スワン=ロンバルディ…。参ります!!」
その言葉と共に放たれた銀の槍は瞬く間に宙を飛び二キロメトル先の魔物達の先頭へと突き刺さった、と同時に大爆発が起こり大量の魔物達が吹っ飛ばされ、燃え上がる。
「「「「「!!!」」」」」
冒険者達はその光景に驚愕して声も出ない。
「さて、大規模討伐依頼…。稼がせて頂きましょうか…」
そう呟きながら微笑むスワン司教を信じられないといった表情で巨大な斧を背負ったA級冒険者が見つめていた。
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