第243話 異常事態
「グエインとレイラの件につきましては理解したつもりです。確かに最悪のシナリオとしては深刻ですが、それを証明できるものがありません。いくらマルコ殿の頼みであってもそういった憶測だけで冒険者達に警鐘を鳴らすことは…」
そう話すのは眼前に座っている壮年の男。ダリアスヒルの街で冒険者ギルドのマスターをしているフェルナンドである。かつてはA級冒険者として活躍したと聞いたが、プレスはその名を聞いたことがなかった。恐らくレーヴェ神国周辺ではないところで活動していたのだろう。
冒険者ギルドの到着したプレス、スワン司教、マルコの三人はマルコが申し込む形でギルドマスターに面会を求め応接室へと通されていた。
ダリアスの研究内容を公にすることは危険だというプレスの判断からその内容は伝えないことは事前に決めていた。そのためマルコは先ずグエインとレイラの現状、特にレイラに起こった出来事に関して、魔力回路を乗っ取られ狂戦士化したらしいということを伝えた。さらにこれまでの行方不明者達が同じ目にあっている可能性、そしてこの街で暗躍する黒い魔物達がいること、重ねて港湾国家カシーラスの首都ロンドルギアで起こった黒い魔物達に関係していると思われるダンジョンの異変についても説明した。最悪のシナリオとしてはダリアスヒルのダンジョンでスタンピードを起こしそれと同時に攫った人々を狂戦士化した状態で街を襲わせる、という内容を伝えた際のギルドマスターの返答が先ほどのそれである。
まあ、いきなり言われても信用できないのが普通だろうとプレスも思う。
「いきなり言われて信じろという方が難しいのはあたしにもわかるわ。この街の人々を避難させてと言っているわけじゃないの。せめて冒険者達にこれまで以上の警戒感を持たせてほしいのよ。それに考えて頂戴。このあたしが途方もない与太話をするためだけにあなたに面会を求めたりすると思うかしら?」
プレスやギルドマスターの頭の中を感じ取ったかのようにマルコが畳みかける。このギルドマスターも決して無能ではない。その対応に戸惑っている様子である。星雲騎士団との日頃の付き合いからマルコがレーヴェ神国でかなりの地位にいることは知っているようだ。冒険者ギルドはレーヴェ神国とは絶対に事を構えないのである。
「んもう!じれったいわね!プレスちゃん!」
「このタイミング!?」
プレスも戸惑う。思った以上に力技に頼るらしい。
「いいじゃない。減るもんじゃないわ。見せてあげて!」
マルコからそう言われたプレスは不思議な顔をしているギルドマスターの眼前に一枚のプレートを差し出す。そこには鷲と剣、そして背景に城があしらわれた美しい紋章が刻まれていた。
「こ、これは!?」
ギルドマスターが狼狽える。それもその筈、そのプレートは持つ者がレーヴェ神国聖印騎士団の団員であることを示しているのだ。その顔色がどんどんと青ざめる。一騎当千と呼ばれるように絶対の力を誇る存在が眼前にいることを理解したらしい…。
「聖印騎士団の権力であなた達を動かそうとは思っていないですよ。ただ、聖印騎士団の人間も危機感を持ってこの場にお願いに上がっているということを知って頂きたかったのです」
自身が歴代最強と謳われる騎士団長であるということを隠して威厳を全く見せずにそう話すプレス。
「わ、わかりました…。ギ、ギ、ギルドマスターからの…、し、指示という形で、よ、よりいっそうの…、け、警戒を呼び掛けたいと…」
とりあえず了解が得られてよかったとプレスが思った時、応接室のドアが勢いよく開かれる。
「き、緊急事態です!!」
飛び込んできたのはギルド職員。随分と慌てており顔色が青ざめたギルドマスターよりも悪い。
「何事だ!?」
「大量の魔物がこの街へと向けて移動しているとの情報が届きました!!」
「どういうことだ?何が起きた!?」
「分かりません!この街の周辺にダンジョンが新たに発生したという情報はありませんでした!スタンピードであるかも不明です!」
「数は!?」
「およそ千以上!!」
ギルド職員の言葉に思わず息を呑むギルドマスター。ダンジョンから大量の魔物が溢れ出すことをスタンピードと呼ぶ。それは魔物の数が多ければ近隣の街を滅ぼしてしまう大きな災害として人々に認知されていた。しかし周囲にダンジョンのないダリアスヒルでは街の中央にある丘のダンジョンにさえ注意すればよく、これまでも問題が起こっていなかった。
「一体…、何が起こったのだ…。まさかマルコ殿の言っていたことが…?」
ギルドマスターのフェルナンドからそんな呟きが漏れ視線がマルコ達に向けられる。
「プレスちゃん。あなたの予想が当たったみたいね…」
「どうだろうね…。最悪のシナリオのもう一つ上を行かれたかな…」
「ここは私が冒険者達と出ます。二人はダンジョンと街中に注意を!」
そんな言葉と共にマルコ、プレス、スワン司教が立ち上がる。
「マスター!とりあえず緊急事態だ。この街の高位の冒険者を集めて対策会議を!おれたちも出席するよ!あ、一応おれの正体については内緒で宜しく!」
プレスはいつもの調子と笑顔と共にギルドマスターへとそう告げるのだった。
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