第241話 全てが動き始める

「遅かったな…、別邸への侵入者は片付けたのだろう?」


 やっとのことでもう一つの拠点へと戻ってきたギャロにそう声をかけたのは魔剣士のジャーメインである。その全身は漆黒だが胴体は軽装備を纏った人間のものであり、完全な黒色ではあるが彫りの深い顔の造形と髪と思しき部分があることで姿形は限りなく人間に近いといえた。それはこの魔物が相当の力を有していることを示している。


 ここはダンジョンが存在している丘の麓にあるとある建物の一室。既に辺りは夕闇に沈んでいる。街の中心側に建てられたこの建物もアズグレイ商会の持ち物ではあるのだがそのことは一般には知られていない。


「…」


 無言で一室の隅に立ち尽くすギャロ。


「他の者達はどうしたのだ?」


「皆ヤラレタ…」


「何だと!?」


 ジャーメインが声を上げる。ギャロはイーライ=アズグレイの部屋で冒険者の一人を見つけたこと、戦闘になったが冒険者が巨大な火球ファイアボールを発現させ自身と共にギャロ達を巻き込んで自爆したことを報告した。


「あの本は?ダリアスの書は無事なのだろうな?」


「壁ハソノママダッタ。アノ壁ニ使ワレタ封印…、アレコソノ傑作。冒険者風情デハ破ルコトナド不可能…。ソレニ冒険者ハ自爆シタ!」


「…そういうことにしておいてやろう。しかし何故、あの場所が冒険者に知られたのだ!?」


 怒気を含む声でそう問い詰められるがギャロにしてみればジャーメインの命令でこの数か月の間に行方不明者を大量に出したことが発端だったとしか思えない。何者かがアズグレイ商会を疑ったのだ。


「アレホド目立ッタ動キヲスレバ冒険者ギルドモコノ街ノ騎士団モ警戒スル…」


 そのことを指摘するギャロ。


「何者かが我々の存在に気付いたか…。クックック…」


 ジャーメインは不気味に笑う。


「何ガオカシイ?」


「ククク…。計画通りことが運んでいるということが面白いのさ…」


「計画ダト?」


「ああ。餌に喰いついたとみるべきだな…。しかし仲間も減った…。これはそろそろ本格的に動き出すころ合いと見るべきだな…」


「ソノ計画ヲオシエロ!」


「これからこの街ごと、この街に滞在しているを滅ぼす。簡単だろう?」


 ニヤリと笑うジャーメインにギャロは戦慄する。


「バ、バカナ…。オレハノ命令デココマデアノ準備ヲ進メテイタノダゾ…?」


「俺はからこの街とこの計画の全権を任されている。全ては俺のものだ。当然、貴様も従ってもらうぞ?」


「グググ…」


 ギャロは反論も出来ずに押し黙る。ここは従うしかない。の命令は絶対であった。


「…俺ハ何ヲスレバイイ?」


 怒りを抑えるかのようにしてギャロが問う。


「貴様はあの狂った兵隊どもをいつでも使えるようにしておけ!追って指示を出す」


「デハオマエハ何ヲスルノダ!?」


 ギャロが苛立った口調でそう尋ねた。


「ダンジョンに向かう。念話を使えるようにしておけ!」


 いよいよ本格的に魔物達が行動を開始するのだった。



 そんな魔物達の一方で…。



「プレスちゃん。冒険者ギルドも星雲騎士団も街の警戒に当たっているけど、今日は特に何も起こらなかったわ」


 そうプレスに報告するのは筋骨隆々の巨体をもつマルコ。


「魔物達にしてみれば侵入者が自爆したとはいえアズグレイ商会を突き止められたからね…。何か動きがあると思ったのだけど…」


 そう返すのはプレスである。ここは孤児院の広間。今夜もプレス、ティア、スワン司教、マルコが集まり一日の報告をしていたところだ。


「主殿、このまま待つだけというのも…。何か先手を打つことはできないのか?」


 ティアがそう言ってくる。プレスも同意見である。この街に潜んでいる魔物達の隠蔽能力は高い。しかし見つけられないからといって相手の出方を待つという受け身の状態は気に入らなかった。


「全ておれの憶測だけどね…。ちょっと動いてみようか…?」


 プレスの言葉に他の三人が頷く。


「ティア!君にはダンジョンに潜ってもらう。ダンジョンコアを見つけて護ってくれ。もし黒い魔物達を見つけたら殲滅を!」


「心得た!」


 ティアがそう答えて胸を張る。


「想定される最悪のシナリオはダンジョンでスタンピードを起こしそれと同時に攫った人々を狂戦士化した状態で街を襲わせるってところかな…。マルコ!明日はおれも冒険者達と同行する。狂戦士化された者達はおれじゃないと元に戻せないからね」


「分かったわ!」


「プレストン!私も出ます!」


「それは心強い。司教様も宜しくね!」


 そうして全てが動き始めるのだった。

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