第240話 黒い魔物
既に太陽は沈んでおり、外出が制限されたダリアスヒルの街に人の姿は殆ど見られない。プレスが奪ってきた二冊の本についてティア、マルコ、スワン司教の三人と話していたちょうどその頃…。
「ギ…、ギギ…、ギギギ…」
とある屋敷の敷地内に植えられた樹木の上から気味の悪い異音が響く。しかしその音は敷地の外には聞こえない。特殊な隠蔽が施された敷地内はいつもの屋敷が静かな佇まいを見せるのみであった。ここはアズグレイ商会の別館。プレスがティアに指示して特大の
「回復ガ遅イ…、遅スギル…」
普段ならたちまち再生してしまう自身の体が三日目になっても完全には再生しないことに困惑しているこの魔物…、ギャロと呼ばれるこの魔物はプレスと孤児院で対峙した魔物である。冒険者ギルドでプレス達が遭遇したギャロは他の者たちと共に
ギャロが意識を取り戻したのはプレスとティアが去った翌日。頭部と辛うじて胴体と呼べるものだけの状態で庭の端に植えられていた樹の上に引っかかっていたのである。そこから二日…、今まで体の回復を待っているが先ほどの通り未だ動ける状態には至っていなかった。
「コンナコトニナルトハ…」
後悔とも愚痴とも聞き取れるトーンでの呟きが漏れる。
もともとギャロに課せられた使命はこのダリアスヒルの街に拠点を造ることだった。そしてこの街へと赴いた際、アズグレイ商会の当主イーライ=アズグレイが天文学者ダリアスの禁書を入手したことを偶然にも知った。その書物が宿願を遂げることに有用だと気付いた黒い魔物達は当主イーライ=アズグレイを
その後、ギャロには人族を狂戦士化し部隊化することとそのための実験体となる人族の拉致が命じられた。より高位の存在であるダークリッチのフィルゼガノンとエルダーリッチのファウムが完成させたギャロからみても悍ましいと感じる魔道具を使い、深く静かに実験を積み重ねていたのだが…。
「アノ者ガキタセイダ…」
そう言って歯噛みする。それは数か月前、突然の訪問者である魔剣士ジャーメインによってギャロへの命令が変更されたことを指していた。
「急激ニ実験体ヲ増ヤスナドト…」
ギャロはその時のことを思い出してさらに呻くように呟く。これまでは誰にも気付かれないように細心の注意を払い街の者を攫ってきた。冒険者も街の騎士団も気付いていない。この街を統治しているレーヴェ神国にも気付かれた様子はない。聞くところではこの街を統治しているレーヴェ神国にはとんでもない戦力となる騎士達がいるという。そんな者達に勘付かれるわけにはいかなかった。
しかし我が君から命令を受けてこの地へとやってきた魔剣士ジャーメインは問答無用で戦力の急激な増強を迫ってきたのだ。どうやら我が君から力を授かったようでかつては同等だったギャロを遥かに凌ぐ力を持ったジャーメインにギャロは従うしかなかった。ジャーメインの目的は未だ告げられてはいないが、その指示を全うするために拉致を強行し続けた結果がこのザマである。
戦闘能力に長けた実験体を手に入れる為、冒険者を一網打尽にしようとしたもう一体の魔物は冒険者に邪魔をされ撤退。人数を確保するため孤児院の子供たちを狙って侵入を試みたギャロも同じ冒険者に邪魔をされ撤退を余儀なくされた。
派手に動き過ぎたのか邪魔をされたその冒険者にアズグレイ商会の別邸を特定され侵入を許した…、とはいえ観念したのか冒険者は逃走を諦め
それからさらに一日後、やっとのことで動けるようになった黒い魔物は魔剣士ジャーメインがいるもう一つの拠点へと移動を開始する。魔物は確かめなかった…、いやこの時は疑ってもいなかった。天文学者ダリアスの禁書が奪われるなどという可能性など限りなくゼロであることを…。それほどまでにプレスが斬った結界状の魔道具は厄介で強固な護りであるとされていたのである。
しかし実際には禁書と手記を奪われることで行ってきたことの詳細をプレスにほぼ正確に推測されてしまったということに魔物達はまだ気づいていなかった。
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