第236話 美しい装丁

 プレスとティアがアズグレイ商会の別館から帰還して既に二日が経過している。二人の行動の結果、別邸の庭は悲惨な状態になった筈なのだが翌日マルコが星雲騎士団の騎士から聞いたところによると、別邸はいつもの通りであったとのことだった。さらにアズグレイ商会も外出が自粛される中、規模を小さくして商いを続けておりそれは他の商会と何ら異なるものではなかった。


 ダリアスヒルの街としては騎士団から住民へ外出を制限するような指示が出たが特に混乱した様子を見せてはいない。レーヴェ神国が資金を出す形で商業ギルドに食料の買い付けを依頼しその食料が住民に行き渡り、さらに住民の外出を制限する間の食料を保証する旨を騎士団が迅速に発表したことが大きかったようであった。


 プレスはティア、スワン司教、マルコと街の様子を注視しながらもこの二日間は持ち帰った二冊の本の内容を確認することに注力していた。


 そしてプレスとティアがアズグレイ商会の別邸から戻って三日目の夜。


「これはなかなかのだよ…」


 そう言いながら二冊の本を携えたプレスが孤児院の大広間に下りてきた。大広間にはティア、スワン司教、マルコが集まっている。


「プレストン。お疲れ様です。コーヒーでもいかがですか?」


「ああ。頂こうかな…」


 スワン司教がプレスを労ってそう声をかける。ソファに座っているティアの隣に腰を下ろしたプレスにシスターの一人がコーヒーを運んできた。プレスの前のもう一つのソファにスワン司教とマルコが座っている。コーヒーを一口飲んだプレスは若干疲れた様子を見せながら二冊の本を指し示す。


「先ずこっち…。この本を読んで分かったことだけど、別邸の部屋に安置されていた遺体についてだけど、恐らくあの遺体はイーライ=アズグレイだ」


 そう言ってプレスは片方の本を持ち上げる。遺体が寝かされていた枕の下にあった本。それは上質の紙を使用し、牛皮を表紙に用いた美しい装丁の本だった。


「イーライ=アズグレイですか!?アズグレイ商会当代の?」


 スワン司教が驚いたように声を上げる。その言葉を肯定するかのようにプレスが頷いた。


「ああ。これはイーライ=アズグレイの手記というか日記だった。内容は十年前にかなり危ない取引をしてそれが大成功。それ以降の生活の様子が綴られている…。大量の資金が手に入っての贅沢三昧…。美味いものを食べ、美女を侍らせる…。つまり栄光の記録ってことかな。取引の内容までは書いていなかったけどね」


「栄光の記録?主殿!その遺体というのは何もない殺風景な部屋にあるベッドの上で亡くなっていたのではなかったか?」


 そうティアが疑問を呈す。


「その通りだよ。どうやら幻覚を見せられていたらしい。最後に書かれた日記の一つ前だけど、『こんなに楽しく幸せなのに何故か体の調子がよくないように感じる…。目もかすむし、手足もよく動かない気がする。今度、医者に診てもらおう』って記述がある。その次の…、最後が酷い…」


「最後?」


 そう問いかけるティア。プレスは最後の記述があるページを開いて三人に見せる。そこにはページに穴が開くほどの力が込められた怒りに震える殴り書きで書かれていた。


『全てが幻だった。この部屋で死ぬ。くそったれ!!』


「主殿…」

「これは…」

「どうやらプレスちゃんの言う通りの可能性が高いわね…」


 そう反応するティア、スワン司教、マルコ。


「想像の範囲内だけど恐らく十年前のかなり危ない取引っていうのが黒い魔物がこのダリアスヒルの街で活動することに助力することだったとおれは思っている。本人はその見返りに贅沢な暮らしが送れていたと思っていたのかもしれないね…」


 そう話すプレスにスワン司教が応える。


「その実、殺風景な部屋の中で幻覚に踊らされていた…」


「商会は乗っ取られたんだろうね。イーライ=アズグレイがスワン司教に近づかなかったのも頷けるよ。本人はそんなことができる状態にないし、魔物が化けても司教様なら気付くからね…」


「不覚です…。この街でそのような輩が暗躍していたのを見過ごしていたとは…」


「アイツらの隠蔽は強力だからね…。おれでも同じ状況では気付けなかったさ…」


 唇を噛むスワン司教にプレスがそう声をかけた。


「プレスちゃん。そんな面倒なことまでしてこの街に潜り込んだあの魔物達の目的は何なの?」


 マルコがそう問いかける。


「マルコ…。どうやらちょっと面倒なことになるかもしれない…」


 そう言ってプレスはもう一冊の本を手に取るのだった。

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