第234話 探索と脱出

「これって…?」


 プレスはそう呟く。扉の向こうには材質が不明な板材を使用した床と白い壁に四方と天井を囲まれた広々とした空間が広がっていた。中央にテーブルが一つだけ、イスの類はなく分厚い本のようなものが一冊だけ置かれている。窓も無いが高い天井には魔力による明かりが灯っていることである程度の明るさが確保されていた。そして床にもテーブルにも塵一つ落ちていない。およそ人族や亜人が管理しているものとは思えない程に生活感が感じられない空間だった。そんな部屋の奥、その正面の壁がプレスの目を引いた。そこには、


「地図…?それにしてもこの精度…」


 再びプレスが呟く。そこには壁一面を覆うほどの巨大な地図が設置されていた。中央の丘を囲うように同心円状に造られた街の地図。紛れもなくダリアスヒルの街を表した地図である。プレスが驚いたのはその精度。見事なまでの完成度だ。この世界において精度の高い地図は各国における戦略上の重要な品と定められており一般には出回っていない。大陸を旅する冒険者や商人は各ギルドで販売されている簡易版を使用していた。


 その巨大な地図を確認するプレス。複数箇所に乾いた血のような色の塗料で×印が付けられている。中央のダンジョン、この屋敷、そして冒険者ギルド、スワン司教のいる孤児院に印が付けられていることを理解したが、他の印が何なのかはプレスには分からなかった。


『主殿、もうすぐ魔物達が到着する。途中で気配が重なった。今は五体だ!』


 ティアからの念話が届く。ティアに念話で了解した旨を伝えたプレスはテーブルの中央に置かれていた分厚い本を手に取る。とりあえず一ページ目に目を通したプレスが驚きの表情を見せる。


「こんなものが…」


 呟きと同時に本をマジックボックスへと放り込んだプレスは扉からもと居た部屋へと移動した。


『とりあえず壁の扉を隠蔽しようか…。ちょっとしたイタズラ程度の魔法だけど…』


 プレスは魔力を練って簡単な隠蔽魔法を展開する。時間がないため黒い魔物達が使うそれと比べると明らかに稚拙な隠蔽である。


『隠蔽を使が隠蔽をとは限らないんだよね…』


 そんなことを考えるプレス。もし見破れなかったら儲けもの程度であるがそんな隠蔽魔法が扉を隠したところで複数の気配が部屋の中に出現した。


「マサカ侵入者トハナ…。何者ダ?」


 どこから侵入したのだろうか…、ドアも窓も開いていない中央にベッドのみがある異質な部屋に五つの影、人型の黒い魔物が現れる。プレスは窓際の魔物に話しかけた。


「お前!あの邪法は酷すぎだ!」


「貴様ハ孤児院ニイタ冒険者…」


 こいつは比較的流暢に人語を操るらしい。そしてもう一体、入り口付近の魔物に向き直る。


「そしてお前!斬られた傷はもういいのか?」


「ボウケンシャギルドデジャマヲシタボウケンシャカ!!」


「ギギギギ!!」

「ギャッギャッ!」

「ガガガガ!」


 プレスの言葉に反応した二体に加えてベッド周りにいる三匹が異音で喚き散らす。どうやら言葉を使うことができるのは二体だけらしい。そんな魔物達を前にしていつもの余裕の雰囲気を纏うプレス。


「さてと…。おれはこれで失礼するところだよ。そこんとこよろしくね…」


「馬鹿メ…。何ガ目的カハ知ラナイガ、侵入者ヲ我ラガ逃スト思ウノカ!?」


「お前達にそれができるのかな…」


 プレスはそんな言葉をかけながら魔物達に視線を送るが、その視線が遺体を安置しているベッドの枕で止まる。


『枕の下に何かある…?』


 と心の中で呟くプレス。


「では…、行かせてもらおう…」


 その言葉が終るよりも早くプレスが移動を開始する。その素早さに魔物達の反応が遅れた。既に抜き放った長剣を手に神速でベッドサイドにいた三体の黒い魔物に肉薄したプレスは魔物達の手足を斬り飛ばした。それと同時に開いている手で枕の下へと手を突っ込む。


『これも本?』


 確認は後回しとばかりにその本のようなものをマジックボックスへと放り込んだプレス。窓際にいたこの中では流暢に言葉を操るギルドに現れた魔物の方へと向き直る。視界の端に先ほど斬り捨てた三体の魔物が元の姿を取り戻すのが見えた。


 次の瞬間、プレスは窓際の黒い魔物に斬りつけていた。その斬撃を肩で受け止める黒い魔物。斬れなかった…、のではない、全てはプレスの計算の内だ。速度は神速のまま切断するほどの気合を入れずに放った斬撃が魔物の肩で止まったと同時にそこを支点にして前方宙返りを決めたプレスは窓を蹴破りつつ屋敷の外へと飛び出した。屋敷の正面、目の前にはかなり広い庭が広がっておりその先には門が見える。門を目指して駆け出すプレス。


「逃ゲラレルト思ウノカ!?」


 そんな言葉と追ってくる五つの気配をプレスの索敵能力は明確に捉えていた。背後から飛んでくる火球ファイアボール火矢フレイムアロー、無属性の魔力弾も含まれているそんな無数の攻撃を見事なまでに回避しつつ移動するプレスがほんの少しだけ笑みを浮かべる。完全にプレスの思惑通りの展開だった。


『ティア!準備は!?』

『主殿!完璧だぞ!』


 念話で短いやり取りを行ったプレスは広い庭の中央部分に差し掛かる。立ち止まって振り返るプレス。傍から見れば逃げるのを諦めて戦うことを決めたかのような姿に映っただろう。


「ココマデダ!!」

「シヌガイイ!!」

「ギギギギ!!」

「ギャッギャッ!」

「ガガガガ!」


 得意げな声と共にプレスとの間合いを詰めてくる魔物達。


「そうかな…?ティア!!」


 プレスの言葉と同時に夜の闇に沈んでいた庭に金色の光が溢れ出す。


 魔物達が驚愕する。プレスの上空にあまりにも巨大な金色に光り輝く火球ファイアボールが突如として出現したのだった。

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