第232話 別邸探索

「本当に誰もいない…」


 アズグレイ商会の別邸、その屋敷内に苦も無く侵入したプレスが思わずそう呟く。こういった屋敷の敷地内には警備のために雇われた傭兵や冒険者が巡回していることが普通だがそんな警備は一切なくプレスは簡単に別邸の本館であろう屋敷に到達することができた。さらに裏口にある扉の施錠はダンジョン内で宝箱を開けることに慣れている冒険者であれば簡単に開けることができる類のものであったため拍子抜けするくらい簡単にプレスは屋敷内への侵入を果たしていた。


『屋敷内にも人の気配がない…、これくらいの屋敷だったら普段使っていなくても管理する者が常駐していて筈なのに…?』


 今回も遭遇した黒い魔物達は極めて高度な隠蔽魔法を使用できるが、近距離においてプレスの索敵能力を誤魔化すことはできない。少なくとも今プレスのいる部屋にそのような隠蔽を施している存在はなさそうであった。


 とりあえず何の気配も感じないため色々と見てみようと考え移動を開始するプレス。とりあえず一つ一つ部屋を覗いてみるのだが目ぼしいものは見つからない。プレスは魔力の残滓を探していた。黒い魔物達の魔力は特徴的であり見分けやすい。しかし、


『何もないね…』


 屋敷の一階部分をくまなく回ったのだが何も見つからない。


『ま、そんな簡単にはいかないよね…』


 そう心の中で呟きつつ二階へ上がろうと考える。外からこの建物を見た感じだと主の部屋といったものは二階にあるようだった。そして二階には屋敷の中でも大きくスペースを取って造られている正面玄関のフロアに造られた階段を利用するようである。正面玄関フロアへと移動したプレスはそんな豪華な階段を上ると一番豪奢に造られた扉の前へと移動した。


『これが主の部屋ってことだよね…。とりあえずこの部屋から探索させてもらおうかな…』


 そうしておもむろに扉を開く。


「え…?」


 思わず声が出た。そこには家具も何もない広々とした部屋の中には天蓋が施された大きなベッドが一つだけ。その状況の奇妙さに思わず首を傾げたくなるところではあるがプレスに声を上げさせたのはそれではなかった。ベッドにはミイラ化した死体が一つ横たえられていたのである。ベッドの側まで移動するプレス。誰かが部屋の空気を入れ替えていたのだろうか、既に死臭すらも感じない程に死後の時間が経過していることが伺えた。


『これは…、誰だ…?っと!?』


 死体を調べるべきかと考えたその瞬間、奇妙な気配を感じてプレスが振り向いた。そこには白い壁があるばかり…。


『違う…、巧みに隠蔽されているけどこの感じはティアと出会った時と同じだ…。ティアを磔にしていた漆黒の杭と同じ魔力を感じる…。やはり黒い魔物達がここで何かをしていることは確実だ。この壁の向こうに何かがあるね…。さてと…』


 どうしようかと思惑を巡らすプレス。触れれば恐らく相手に感付かれるだろう。そして漆黒の杭はグレイトドラゴンをも行動不能にした強力なものだった。それと同等の強度を誇るとなると腰に差している普通の長剣では足りない。


『漆黒の杭と同等の力で守る物…、は多分…、てかきっと重要な物だよね。よし…、やってやろうか…』


 心でそう呟き笑みを浮かべたプレスは背中の木箱を下ろす。懐から紙を取り出し右手の人差し指と中指の腹を噛み、流れる血で魔法陣を描き完成した魔法陣を箱の側面へと押し当て唱えた。


天地疾走オーバードライブ解呪アンロック!」


 その言葉と同時に木箱の上方が開き一振りの剣が飛び出す。素早くその剣の束を握る。全てが金色に光り輝く片刃の剣。反りのある刀身は言葉にできないほどの美しさを湛えている。黒い瞳が金色に輝いた。


「黒い魔物に見つかると言うなら全て斬り捨てるだけだ…。さて壁の向こうに何があるのかな…」


 そう言ったプレスは金色の長剣を構えるのだった。

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