第226話 漆黒の魔道具

天地疾走オーバードライブ解呪アンロック!」


 プレスが唱えると木箱の上方が開き一振りの剣が飛び出す。素早くその剣の束を握る。全てが金色に光り輝く片刃の剣。反りのある刀身は言葉にできないほどの美しさを湛えている。黒い瞳が金色に輝いた。そんなプレスが放つ神々しい気配に気圧されたか警戒してかその動きを止めるレイラ。


「…あれ?背中に何かある…?っと!!」


 そう言った瞬間、レイラが全く反応できないほどの速度で傍らを駆け抜けざま金色の長剣を振るうプレス。金色の長剣は正確にレイラの背にある防具と衣服のみを正確に切り裂いた。レイラの変色し傷だらけの背中が露になる。


「それは…?」


 怪訝な表情を浮かべたプレスは少しだけ言葉を失う。それはプレスも初めて目にするものだった。レイラの背中には漆黒のスライムのような物体が張り付いており体の内部にまで浸食しているようだった。そして不快に蠢くスライム状の本体とおぼしきものから伸びた触手のようなくだが無数に背部へと伸びている。


 ぎこちない動きのままプレスに反応したレイラが再度プレスと向き合う。しかし攻撃には移れないらしい。戸惑った様子でプレスと対峙する。そのレイラから先ほどまでは感じなかった魔力を感じる。何かの隠蔽が作用していたのだろうか、防具と衣服が切り裂かれたことでプレスはその寄生しているように見えるスライム状の物体が発する魔力を確かに感じることができたのだ。


「その魔力…。間違いないね…。ティアを拘束していた漆黒の杭と同じ魔力だ…。間違いなくあの連中か…。………さてと、レイラさん、ごめん!!」


 そう言葉をかけると同時に神速でレイラとの間合いを詰めてプレスはレイラが反応する隙も与えずその左肩を金色の長剣で突き刺した。凄まじい衝撃波が周囲を襲う。プレスは刺突の勢いを止めることなくレイラの肩を貫いたまま前進しレイラを大木の幹へと縫い付ける。


「ガアァァァァ!」


 呻き声を上げるレイラだがその動きは封じられているようだ。


「何をされたのか確認させてね…」


 プレスの言葉と共に長剣から光が溢れ出す。溢れ出した光の粒子は強烈な奔流となってレイラの全身を覆い始めた。金色の長剣を握り締めるプレスは瞳を閉じて光の奔流を通して伝わってくるレイラの状態を注意深く把握する。


「これは酷い…」


 思わずプレスがそう呟く。


「このスライム状の塊は生命に近いが本質は魔道具…。そして魔力とほぼ同じ性質を持っていて、人族に取り付くとその魔力を…、というか魔力回路経由で浸食を行い対象を支配する。支配された者は闘争本能のみを解放される。その状態では自身の身体を顧みず、痛みも感じない。その生命活動を停止させるまで戦い続けるゾンビのような状態になる…、か…。そしてこれは外せない…?」


 魔力回路とは人族と亜人と呼ばれる獣人では若干の違いはあるが基本的には魔法を行使する際に使用されるものだ。性能は様々だがこの世界の人型の生命体であれば誰でも持っており体の器官としては神経に近いが、根源的な生命そのものに近い存在であると言われている。この世界の魔法は体内にある魔力を自身の魔力回路によって術者が望む形の効果に変換するということが基本となっていた。


 そんな魔力回路を乗っ取られるということは生命そのものを乗っ取られることに等しい。この漆黒なスライム状の魔道具はその魔力回路に完全に溶け込む形でレイラを侵食していた。既にこの魔道具がレイラの魔力回路そのものと言ってもよいほどの浸食状態である。


「なるほどね…。物理的でも、魔力的でもこの魔道具を引き剥がすと魔力回路そのものを失うことと同じ状態になる…。魔力回路は生命そのものに近い…。それを失うと浸食されていた対象は程なくして死に至る。そしてその死に至るほんの僅かな時間のみ正気を取り戻すことができる…」


 スライム状の魔道具はどうしようもないほどの邪悪な意志によって創り上げられた代物だった。この魔道具に寄生された者は生きてはいるが自我を失い闘争本能のみの狂戦士としてゾンビと同様に自身の身体が壊れ滅ぶか、何者かに滅ぼされるまで戦い続ける。もし誰かが助けようとしても完全に魔力回路と一体化したこの魔道具を引き剥がせば対象はすぐに死んでしまう。生かしたければゾンビ状態を維持するしかなくそのままでは本人の身体がもたない。しかしゾンビ状態から救うためには魔道具を引き剥がして殺すしかない。そして魔道具を引き剥がして殺した時、対象は正気を取り戻す。救おうとする者が寄生された者の肉親であったのなら、その心は耐えられないかもしれない。


「ふざけるなよ…。邪法なんて言葉じゃ足りない…。寄生された者の命を…、助けようとする者の想いを…、ただそれらを嘲笑うことを目的として創ったというのか…?」


 プレスは怒りを露にするがそれと同時に笑みを浮かべた。


「残念だったな…。確かにこの魔道具は人族の手では…、いや…、この世界の物理的、魔法的な手段では取り除くことができないかもしれない…」


 そう呟きながらプレスはレイラから金色の長剣を引き抜くと飛び退って距離を取る。その笑みは獰猛な猛禽類が獲物を見つけたそれに似ていた。手元の長剣が光り輝く。


「だが不可能じゃない!!この力…、神々を滅ぼすために与えられた神々を滅するものロード・オブ・ラグナロクの力…。その奇跡を見せてやろう!!」


 プレスは金色の長剣を構えるのだった。

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