第221話 頼もしい助っ人

 遠ざかる黒い魔物の背を見送ってプレスは呟く。


「さてと…、お前達の相手をするとしようか…」


 ダリアスヒルの街、そのとある住宅街の屋根の上、プレスは二体の黒い人型の魔物に対峙する。のっぺりとした漆黒の材質で形作られた二体の魔物は人型をとってはいたがそれはかかろうじて人の姿をとっているに過ぎない。一体は極端に細く、一体は極端に太かった。


 そんな魔物達を相手にプレスはゆっくりと腰の長剣を抜いて構える。


「………」

「………」


 二体の魔物は無言のまま佇んでいる。プレスとティアが追っていた魔物よりは格下なのかもしれない。そんな考えがプレスの頭をよぎった瞬間、細身の魔物の姿が消え、プレスの真横に現れる。直後、プレスに触手状の腕が鞭のように振るわれた。


「転移?…おっと!」


 プレスが漆黒の触手を長剣で弾き飛ばす。プレスは少し驚いた。転移魔法を使える者はこの世大陸には極僅かに存在するのみでありプレスも転移魔法は使えない。プレスが知っている転移魔法の使い手といえばティア、港湾国家カシーラスの街リドカルの精霊であるクリーオゥ、レーヴェ神国で聖印騎士団の五番隊隊長を務めるサラことサラ=スターシーカーとこの世界を造った神でありながらこの国に存在しているマルコだけである。


 そんな希少なものを目の当たりにしたプレスは驚きつつも返す長剣で反撃に出る。流れるような動きで細身の魔物へ斬りつけようとした時、


「!」


 プレスは攻撃を中止し神速で細身の魔物との間合いを開ける。放たれた巨大な火球ファイアボールがプレスの先ほどまで居た場所に着弾し細身の魔物を巻き込んで爆散する。もう一体の魔物が放った攻撃だ。プレスが視線を移すと極端に太い魔物の傍らに何事もなかったかのように細身の魔物が移動していた。


『転移を使ったヒットアンドアウェイと砲台魔術師役による遠距離攻撃かな…』


 そんな風にプレスは二体の魔物を分析する。それと同時に、


「面倒だね…」


 そんな呟きが漏れる。ここは屋根の上であり開けた場所であることは間違いないがダリアスヒルの街中である。既に先ほどの火球ファイアボールによる爆発によって幾人かがこちらの戦闘に気付いた気配がある。こんな魔物が街中に出たことをこの街の人々に知らせるには冒険者ギルドや国からの正式な通達が望ましい。変な噂が流れることで噂が噂を呼びおかしな事態になることは行方不明事件の内幕が分からない現在では悪手といえた。神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの力を使うか殲滅魔法で消し飛ばすことは簡単だが、野次馬が集まり始めた今はちょっと使いたくないプレスである。


『転移持ちに普通の長剣で攻撃を当てる…。多少の攻撃なら受けても問題にないかな…、なら全速で…』


 少しばかり無茶な作戦を決めたプレスが動き出そうとした瞬間、


「ギイィィィィィィィィ!!!」


 突然、細身の魔物が盛大な異音を放ちながら悶絶する。見れば転移持ちである細身の魔物の頭部を巨大な右手が鷲掴みにしていた。魔物は転移を試みるがその巨大な右手から発せられる夥しい量の魔力が細身の魔物を包み込み転移魔法を発動させない。


「プレスちゃーーーん!!楽しそうなことをやっているじゃないの?」


 魔物の頭部を鷲掴みにしたまま夕闇の虚空から姿を現したのはマルコであった。


「助かったよ!」


 その言葉と同時に神速で間合いを詰めたプレスはマルコに握られた細身の方の頭部らしき部分を胴体から斬り飛ばす。その直後のタイミングでマルコが頭部を握りつぶしそのぶっとい左の剛腕を振るって胴体部分を消し飛ばした。既にプレスはもう一体の方へと神速を持って移動を開始している。


「グ…、グゲ…」


 極端に太い魔物が何やら唱えると巨大な火球ファイアボールが発現し移動するプレスへと迫った。


「せい!」


 気合の声と共にプレスが長剣を振るう。火球ファイアボールは当たると爆散し広範囲に熱ダメージを与える。その説明の通りに火球ファイアボールが盛大に爆散した…、しかしプレスの姿はそこになかった。


「…………?」


 極端に太い魔物がプレスの姿がないことに首を傾げる。


「ふう…」


 その言葉は極端に太い魔物の背後から聞こえた。驚異的な移動速度を持ってプレスはその一瞬で魔物の背後まで移動していたのである。もちろん何もしていない訳では決してない。


「ゲ、ゲエェェェェェ!!!」


 魔物が異音を放ちながら震え始める。見れば黒い魔物はその頭部と思われる場所から一刀両断、既に真っ二つに斬り分けられていたのであった。

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