第220話 追走、ダリアスヒルの街

「冒険者ギルドに魔物が紛れ込むなんてね…。一体何者だ!?」


『ティア!可能性の一つが当たったみたい。こいつが逃げたら後を追ってくれ。君は姿を変えられる。こいつに気付かれることなく出来るはずだ』

『心得た。あやつもあの漆黒の魔物どもの一匹か…、姿を見るまで気付くことができなかったぞ…』

『それはおれも同じだよ…』


 初見の魔物であるかのように振舞いつつもティアと念話で今後の段取りを素早く決定するプレス。天井に張り付いている人型の魔物はプレスの知る魔力を放っていた。エルニサエル公国のカーマインの街やハプスクライン、港湾国家カシーラスの河口の街リドカル、首都ヴァテントゥールで感じた漆黒の魔力である。


 高度な隠蔽技術を持ちスワン司教ほどの強者にも気付かれることなくこの街に入り込める存在。プレスが言った一つの可能性が現実のものとなったのだ。


「き、貴様!レイラは!?レイラに何をした!?」


 そう叫ぶグエインを見下ろしながら黒い魔物は肩を震わせた。どうやら嘲笑っているらしい。


「フッフッフッフ…、イキテイルノカシンデイルノカ…」


「………このくそ野郎が!!」


 そんなやり取りを聞きながらプレスは周囲を確認する。魔物を睨みつけるグエインは足に魔力を集中させている。恐らくは身体強化の魔法の類だろう。飛び上がって攻撃を加えようとしているが背後に庇っている息子のことがあり自制している。この状況でも自制心を保つのはA級冒険者としてかなりの経験を積んでいる証拠と思われプレスは感心する。


 他の冒険者も攻撃すべきか迷っているようだ。無理もない。冒険者の常識として言葉を使う、もしくは理解する魔物は非常に危険な存在であるとされている。彼らの生存本能が軽はずみな行動を抑えているのだった。


「今一度聞くとしようか…。お前の目的は何かな?」


 冷静にプレスはそう声をかける。


「サテ…。コレデシツレイスルトシヨウ…」


 黒い魔物はプレスの問いに応えることなく窓へと視線を移した。途端に魔力が天井に集中する。その意図にプレスが気づいた。


「来るぞ!!」


 プレスが叫んだ直後、冒険者ギルドのホール内に夥しい火球がばら撒かれた。火球ファイアボールと呼ばれ着弾と同時に爆散し広範囲に熱ダメージを与える普通の魔物は使わない魔法だ。同じタイミングで天窓を破って黒い魔物は外へと飛び出す。


 爆音がダリアスヒルの街に響いた。


 一斉に回避行動をとった冒険者達だが幾人かが魔法攻撃に巻き込まれる。グエインが息子のリルを庇いながら火球ファイアボールを躱すのを視線の端で確認したプレスは黒い人型の魔物を追ってギルドの外に飛び出した。冒険者ギルドであればポーションもあるし回復魔法の使い手もいるだろう。ギルドに怪我人を任せる判断をしたプレスは街並みの屋根伝いに逃走を図る黒い魔物の後を追う。既にティアの姿はない。きっと姿を隠しプレスとは別行動で追跡を開始しているはずだ。


 浮かび上がる二つの影がダリアスヒルの夕闇を屋根伝いに疾走する。巨大な丘を中心に形作られているダリアスヒルの街は広い。まだ夜は始まったばかりだが行方不明事件のせいか街の人出はまばらであり誰もプレス達に気付かないようだった。


『どこまで行く気だ?』


 無理に距離を詰めることなく、一定の位置を保って屋根伝いに後を追うプレスがそう心で呟いた時、再び黒い魔物を中心に魔力が集まることをプレスは感知する。


「何をするつも…、おっと!?」


 そう言いながらプレスは屋根を強く蹴って自身に向けられた攻撃を回避した。どこからか飛び道具のような攻撃を受けたのだ。見るといつの間にか追走したいたのとは別の二体の黒い魔物がプレスの進路を塞いでいる。一応、人型をとっているのだが一体は極端に細く、一体は極端に太い。その二体を相手に警戒するそぶりを見せながらもプレスは五十メトル程先にいる黒い魔物を睨みつける。そんなプレスの様子が悔しがっているように見えたのか黒い魔物は肩を震わせると身を翻して逃走を再開した。


『ティア。後は任せたよ』


 大体は思い描いた通りである。そう考えるプレスは心の中だけで笑みを浮かべるのであった。

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