第219話 ダリアスヒルのA級冒険者

「ああ。その前に情報を得ようと思ってね…」


 問いかけられた冒険者にそう答えるプレス。ティアは魔導士風のローブについているフードを目深に下ろしてプレスの傍らに佇んでいる。


「じゃあ、これから一仕事ってやつだな!昼間は特に問題は起こらなかった。ここにいる俺達はこれで上がりだ!ええっと?見ない顔だな…?」


「C級冒険者のプレストンです。こっちは相棒のティア」


 プレスがそう名乗りティアも頭を下げる。そんなプレスとティアに男も応えた。


「おれはA級冒険者のグエイン。一応、A級だからな…。この街ではちょっとは顔が売れている。困ったことがあったらいつでも力になるぜ!」


「それは心強い。何かあればお願いします」


「そうは言っても俺はこれから一家団欒ってやつだから、何かあっても助けるのは明日になるけどな!」


 そう言って傍らの女性と子供に笑顔を向けるA級冒険者のグエイン。


「羨ましいね~!A級冒険者同士の御夫婦さん!」

「でもよ~、今でもあの二人がくっつくなんてな!」

「おれにもあんな可愛い息子が欲しい!」

「その前に嫁さんだろ!」

「相変わらず仲がいいね!お二人さん!!」

「幸せ者が!!」

「よ!この街の顔!」


 周囲の冒険者達から次々とそんな声がかかる。本人の言う通りどうやらこの街ダリアスヒルでは有名な冒険者らしい。


「奥さんとお子さん?」


 自然な調子でプレスはその冒険者に問いかけた。現在のダリアスヒルでは失踪事件が問題になっている。子供を外出させて大丈夫だったのか、そんなニュアンスを受け取ったのだろう。男はプレスの疑問に答えるかのように口を開いた。


「ああ。俺のことが心配だとかでここまで来てしまったらしいんだ。なに心配はいらない。こいつだってA級冒険者。何の問題もないさ!」


 そう言いながら妻と呼ばれた女性を指して笑ってみせた。その女性は朗らかな笑顔でプレスに挨拶する。


「私はレイラ。この街を拠点にA級冒険者をしています。そして息子のリルです」

「リルです!」


「おれはプレストン。こっちはティア。よろしくね!」


 楽しくて仕方がないといった風で元気に挨拶するグエインの息子リルにプレスは笑顔で挨拶する。しかしティアはプレスの目に怒りとも悲しみともつかない色が宿っていることを見逃さない。


「リル…。会ったばかりなのにごめん…」


 プレスの呟きがティアとグエインの耳に確かに届いた。その瞬間、腰の長剣を抜き放ったプレスがA級冒険者と名乗ったレイラに斬りつけたのだ。いつもの戦闘時に使う神速の斬撃ではない。A級冒険者だというグエインにはもちろん周囲の冒険者達の目でも追うことができる速度で振り下ろされた斬撃は確実にレイラの右肩に吸い込まれたかのように見えた。


「て、てめえ!何しやがる!!」


 そう叫びながらも息子であるリルを素早く背後に庇い、同時に間合いを開けて臨戦態勢をとったその身のこなしは間違いなくA級冒険者のそれだろう。しかし、


「「「「「………え?」」」」」


 周囲からそんな声が聞こえてくる。プレスの前にいるグエインも一瞬我が目を疑った。肩口を斬りつけられた筈のレイラがどこにもいないのだ。血の一滴すらも飛んでいない。


「ここまで…。ここまで悪趣味とは思っていなかった…。問題になっている行方不明事件にお前が関係しているってことでいいのかな?」


 プレスの言葉に怒りが混じる。冒険者ギルドのホール、その高い天井を支えている梁を見上げ、相手を長剣で指しながらそう言うプレスの視線を全員が追った。


「マサカワレノソンザイニキヅクモノガイタトハナ…」


 まるで錆びた金属を擦り合わせたかのような不快な声がホールにいる全冒険者の耳へと届く。そこには肩口が切り裂かれてはいるが、先ほどレイラと名乗った女性と同じ服を纏った真っ黒な人型の魔物がいるのだった。

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