第216話 孤児院の食堂

「くく…く…。長生きというものはするものだ…。プレストンのあのような表情を見ることが出来るとは…。ふ…ふふふ…」


 そう我慢できずに含み笑いを漏らすのはこの孤児院の司教であるスワン。穏やかな表情は実に楽しそうであった。


「スワンちゃんもそう思う?傑作だったわよね?」


 スワン司教の隣でそう話すのはダンディな口ひげを蓄えた褐色の巨漢マルコ。


「分かったから二人とも勘弁してくれ…」


 降参とばかりに困った顔でそう答えるのは二人と向かい合って座るプレス。その隣には若干顔を赤くしたティアが見目麗しい姿で座っていた。


「ねえ、プレスちゃん。聖冬祭には王都に来るんだったわよね?あたしのショーに最近はミケちゃんもサラちゃんも出演てくれているのよ。ティアちゃんも…、って思うのだけど、いいかしら?」


「ティアがいいのならおれからは言うことはないよ?」


「ふふん!その言葉、後から引っ込めれるとは思わないことよ!」


 そんな会話が聞こえてきた。


 簡単な夕食と聞いていたプレスとティアであるが食事は非常に美味であった。肉を最小限に使用した野菜の煮込みにパンが添えられたものであったが、調理の巧みさと香辛料の香りが相まって舌も胃も十分満足することが出来たのである。


 ここは星の街ダリアスヒルにある孤児院の食堂。孤児院といっても教会を兼ねており、かつての時代に造られた大聖堂を利用しているため食堂も広い。既に食事を済ませた一同にはコーヒーが供されている。これから明日以降の行動を話し合おうというのだ。その前段階として、マルコの手腕により本来の美しさにさらに磨きがかかったティアの容姿に思わず見惚れたプレスの姿をスワン司教と放浪神として祀られる神その人であるマルコが揶揄からかったのである。


「楽しい会話は尽きないものだけど…、ちょっと話題を変えていいかな?」


 そうプレスが切りだす。その表情は僅かではあるが真剣さを帯びており、ほんの少しその場の空気が重たくなったことをティアは感じとっていた。


「明日のことね?」


 そう言うマルコに頷きつつプレスは続ける。


「先ず情報を整理したい。おれの手元にあるのはここの冒険者ギルドで得た情報のみだ。マルコは?」


「あたしもその程度よ。この街に住むスワンちゃんなら何か他に知っているかもと思っていたのよね…」


 現在、ダリアスヒルでは住民が行方不明になるという事件が発生していた。当初は街の外で魔物に襲われたという、悲しいことではあるが決して珍しくない事件と考えられていたが、明らかに街中に居たにもかかわらず住民が行方不明になる事件が発生し、さらには五歳の子供までもが行方不明になっていた。


 事態を重く見たこの街の治安を任されている星雲騎士団は冒険者ギルドと共に事件に当たることを決定。その結果、冒険者ギルドには街の警備の依頼が貼り出されている。


「私も知っていることは皆とそう変わりません」


 そう答えるのはスワン司教。


「ただ…」


 そう言うと腑に落ちないと言った表情で言葉を切った。


「ただ?気になることでも?」


 そう問いかけるプレスの方をちらりと見たスワン司教は再び口を開く。


「この行方不明事件は以前から起こっていたのかもしれないと思ったのです…」


 皆の視線がスワン司教へと集まった。


「ご存じのようにこの世界に生きる者達は常に魔物の脅威に晒されています。それでも商業のため、生活のためには街の外に出ることが必要な場合も当然あります。冒険者の護衛や騎士団による街道の警備や魔物の討伐によってある程度の安全は確保できますが完全ではない。この街でもそれは同じで月に数人の犠牲者は出ていました。こればかりは仕方のないことだと私も思っていた…」


 その言葉にプレスは心中で同意する。レーヴェ神国においては各騎士団がそれぞれ街へと騎士を派遣しているし、活動する冒険者も優秀だ。魔物の脅威はある程度は抑えられていると考えられるがそれでも不幸な出来事をゼロにすることはできていない。


「しかし…、小さい声…、本当にかすかな小さい声です…。根も葉もない噂話と言ってもいいレベルのことですが…、私の耳にも届いていました…。その犠牲者の中に街を出る予定のなかった者がいた…、とね…」

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