第215話 精一杯の呟き

「あ、姉上…、い、いかがなものだろうか…?」


 スカイブルーのドレスに袖を通したティアが戸惑いながらも問いかける。ティアの視線の先にいるその相手は両腕で自身を抱きしめながら悶えていた。


「いい…。いいわ…。姉上…、あねうえ…、アネウエ…、なんという素敵な響きなの…」


 口ひげの巨漢マルコが恍惚とした表情で天を仰いでいる。そんな姿を困ったように無言で見つめるティアの視線に気付くとマルコは慌てて居住まいを正しティアの方へと目を向けた。


「ティアちゃん!!本当に素敵よ!!これでプレスちゃんあの子のハートもこれまで以上に鷲掴みね!!」


 マルコはそんな言葉と共に筋骨隆々の右腕を高々と掲げ右の拳を握ってみせる。

 その力強さ…、もしその右手にハートが、いや、たとえそれがオリハルコンであっても、その手に握られている物質は粉々に砕け散ったであろうことは簡単に想像できた。


「い、いや…、主殿のことは…」


 そう言い淀むティア眼前に素早く移動したマルコが両手をがっちりと握って首を振る。


プレスちゃんあの子のことが嫌いかしら?」


「ま、まさか!我は…、我は主殿を慕っている…、慕っている…?」


 心なしかティアの顔が赤い…。ドラゴンの姿で暮らしていた頃には考えたこともない事柄にティアは戸惑う。そんなティアの姿を優しい眼差しで見つめる巨漢は片目を瞑ってみせる。


プレスちゃんあの子のことを慕ってくれてありがとう。ユリアちゃんの話はもう聞いているのよね?」


「ええ…」


「あんなプレスちゃんあの子は久しぶりよ。あたしが最後に見たのは悲痛としか言えない表情だったから…。ミケちゃん達から話は聞いていたけど、あたしはティアちゃんのおかげだといま確信しているわ!プレスちゃんあの子の旅の目的はもう聞いたのかしら?」


 河口の街リドカルで出会ったクリーオゥと同じことを問われるティア。その答えはいつも決まっていた。


殿を探すとは聞きました。我にとってはそれで十分です。主殿はドラゴンゾンビにされた我が一族の者を解放し、何もない闇の中でただ朽ち果てるだけの存在だった我を解放してくれた。我はその恩義に報いるため主殿に同行し共に神殿を探すと誓い従魔となったのですから…」


「そうだったのね…。本当にありがとうティアちゃん。私から言えるのはそれだけなの…。ごめんなさいね…」


 嬉しそうに感謝を伝えながらも肩を落とすマルコ。


「あたしはこの国から動けない…。あたしに代わってプレスちゃんあの子を助けてあげてね。プレスちゃんあの子はあなたを心から信頼している…。そうじゃなければプレスちゃんあの子が旅の同行を許すはずがないわ。絶対あなたに好意があるわ。それはティアちゃんも同じでしょ?」


 そう言われ改めて戸惑い、赤くなるかつてグレイトドラゴンであった金髪の美女。


「いいティアちゃん?男は追わせるものよ!あなたの美しさに怖気づく男もいるかもしれないけどプレスちゃんあの子は大丈夫!あなたこそが相応しいと私は思っているわ!」


 その迫力に気圧され、自身の感情に戸惑いながらもドレスを纏ったティアはマルコの拘束から逃れると鏡を前にひと回りして全身の装いを確かめる。


「………主殿が喜んでくれるのなら嬉しいが………」


 うっすらと顔を赤らめそれと同時にほんの少し心配そうにそう呟くのだった。


「さて準備も整ったし行きましょうか?明日の打ち合わせも必要だしね?」


 マルコに促されて僅かに上気した表情もそのままにティアは食堂へと向かうのであった。




「お、いらっしゃったようですよ。楽しみですね…」


 明るいスワン司教の声。荷物を自室で解き食堂へと降りてきていたプレスはその言葉に頷き同意を示す。


「お待たせ!素敵な淑女レディの登場よ!」


 そんな野太い声と共に食堂の扉が開かれる。


「……………………………………いい…………」


 視界に飛び込んできたティアのその美しさにそんな呟きを発するのが精一杯のプレスであった。

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