第203話 旅立ち 少女と笑顔と狼と
「本当に…、本当にありがとうございました…」
「シロちゃんのこと、本当にありがとうございました」
「感謝の言葉もございません」
ロヨラ家の門前でそう言って頭を下げるのはエーデルハイドとキャロライン、ロヨラ家の二人と執事のブライである。キャロラインは白い子魔狼を抱いている。そして彼らの背後に控える使用人たちも皆頭を下げた。
あれから十数日が経過した…。
レーヴェ神国の調査が落ち着き、プレス達への聴取も終了したところでプレスはホワイトランドを発つことを決定した。空は抜けるように青く、気温は随分と涼しい。季節は秋の本番を迎えている。これから迎える冬のため装備を整えたプレスはロヨラ家へと出立の挨拶に訪れた。
「皆、元気でね…」
「皆様も息災で…」
友であったイグナーツ=ロヨラの墓前にも花を手向けてきた。何の憂いもない彼らを見て心から安堵するプレスである。ティアもプレスの心情を感じ取り晴れやかな気分を味わっていた。
「レイノルズ様!私は十五歳になったら神国の学院に通いたいと思います!」
溌溂とした笑顔でそうプレスに伝えるキャロライン。外を自由に歩くことが出来るのが嬉しくてたまらないらしい。
「それは良いことだ。何か将来の目標はあるのかい?」
「はい。シロちゃんがいるから学院で魔法とテイムを学びたいと思います。将来はこの街を護れるくらい…。レイノルズ様のように強くてカッコイイ魔導士を目指したいと思います。最終的には聖印騎士団に入れるくらいの魔導士になりたいです!」
「ま、魔法とテイムを学ぶことはいいとして…、そ、そんなに強くならなくても…」
キラキラした瞳でそう語るキャロルにほんの少し冷や汗を流しながら笑顔で答えるプレス。キャロルの背後に立つブライからの心配そうで恨めしそうな視線が痛い。エーデルハイドはずっと柔らかい笑みを浮かべている。
この数日、プレスはティアを伴って何度もロヨラ邸を訪れていた。キャロルがプレスに魔法の指導を願ったのである。自由を手に入れたキャロルの望むことをさせたいと考えた母親のエーデルハイドからも是非にと頼まれたので、プレスは快諾した。もともとキャロルに魔法の才能があると感じていたプレスであるが、事態は彼の予想を超えることになる。ちょっとした応用としてフェンリルであるシロとの簡単な連携を教えたあたりからキャロルの熱意が止まらなくなってしまった。
プレスが教えたのはフェンリルであるシロに障壁を張ってもらい防御を任せ、魔法攻撃を障壁内から行うという簡単なものである。シロの張った障壁は内部からのキャロルの攻撃魔法を通過させることが可能であり、その強度はかつて彼女を悩ませたあの障壁と同じであった。
シロと連携して魔法が使えることが嬉しかったのか目を輝かせたキャロルはあっという間にシロと意識をシンクロし障壁を自在に操る術を身に着けると共に障壁の大きさや数さえも自在に調節できるようになっていった。既にプレスの普通の長剣から繰り出される無数の斬撃を極小さな無数の障壁を展開して全て受け止め、極弱めとはいえティアによるブレスをも全身を覆う障壁で無効化するまでに至っている。数日前はあろうことか障壁を飛ばして強力な物理攻撃にできたことを笑顔で報告してきた。この攻撃は可視と不可視の障壁を織り交ぜて行うことが可能であり、流石のプレスも冷や汗を浮かべたほどである。
この数年、殆ど屋敷の外へと出ていなかったため本人の体力に問題はあるが、今後の生活でそれを取り戻せばとんでもない魔導士になる可能性は大いにあった。聖印騎士団に入れるくらい…、というのもプレスの目から見てもあながち夢物語とは言えない状況である。
「わたし!がんばります!!」
そう笑顔で力強く宣言するキャロル。屋敷の離れで一人だった少女はもうここにはいない。これからの人生を思って期待に胸を膨らませる少女がそこにいた。
「ああ!しっかり勉強するんだよ!元気でね!!」
眩しいまでの笑顔に同じく笑顔で答えるプレスであった。
そんな別れの場面を思い出しながらティアを伴いのんびりとプレスは街道を歩き続ける。
「主殿?この後はレーヴェ神国を目指すのか?」
ティアがそんなことを聞いてくる。ティアもホワイトランドで楽しんだ秋の味覚には随分と満足したらしい。
「そうだね…。聖冬祭まではあとふた月ってところかな…。途中の街に寄りながらだとちょうどいいくらいだと思うよ」
「ふむ…。ゆっくり行くのだな…。了解した。それにしても主殿!あの娘の…、あのとびきりの笑顔が思い出される…。きっと今日も笑顔で…、家族の笑顔に囲まれているのだろうな…」
ティアの言葉にプレスは右手を輝く秋晴れの太陽へとかざし空を見上げる。
「もちろんさ…。キャロル!君の人生はこれから始まる…。楽しく、そして幸せに生きるんだよ!!」
秋の空はどこまでも澄み切った美しい青を湛えていた。
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