第202話 嘘を貫き真を通す

「主殿…。あれでよかったのだな…?」


 ニンニク、トマト、白葡萄酒ワインに加えて秋の味覚である大量のキノコと共に煮込まれた鶏料理をもくもくと頬張りながらティアがプレスへと問いかける。このキノコ…、という物騒な名前であった。料理をプレスから勧められると同時にキノコの名前を聞いたティアは当初怪訝な表情を浮かべていたのだが一口頬張ってからは手が止まらなくなった。既に三皿目である。


 ここはホワイトランドの路地裏にある一軒の小さな食堂。かつてプレスが恋人であったユリアを伴い幾度となく訪れた店である。戦乱の混乱期を乗り越えまだ営業していることを喜んだプレスはティアを伴いこの店を訪れていた。店主はプレスのことを覚えていたのでプレスも簡単にその後のことを説明した。店主はユリアの死を悼むと共に歩みを進めるプレスのこれからを応援するとして腕によりをかけて料理を振舞ってくれた。


 あの後…、引き留めるロヨラ家の面々を振り切って冒険者ギルドに戻ったプレスはレーヴェ神国聖印騎士団の権限を使い受付嬢のシルヴィアを伴ってギルドマスターと会い事情を説明した上で、ギルドマスターとの連名を持ってレーヴェ神国へと連絡をつけることにしたのだ。


 しかし事態はプレスの想像を超えて素早く進行した。


 ギルドマスターとの会見中にレーヴェ神国からの使者が冒険者ギルドに到着したのである。使者はプレスも知っているかなり高位の文官でレーヴェ神国聖印騎士団五番隊隊長であるサラ=スターシーカーを伴っていた。天を真っ二つに斬るほどの魔力反応を確認した彼らはこれを不測の緊急事態と判断し、転移魔法を利用してこの街を訪れたとのことだった。


 そこでプレスは文官とサラに事情を説明することになる。内容は先刻、ロヨラ家にしたのと同じものだ。プレスの登場に驚いた文官とサラであったが、困った顔をしながらも、事態の中心にプレスが居たことで逆に納得したらしい。事実関係の確認は必要だが聖印騎士団の団長が絡んだ案件である。領主権の交代も代官となる執政者の派遣も問題なくできるだろうとのことなので、それらの案件はプレスの手を離れることになった。ロヨラ家にも二人が直接確認に行くということだ。団長でよかったとしみじみ思うプレスであった。


 説明が終る頃には日はとうに落ちすっかり夜となっていたのでプレスは『手数をかけてすまない…』とサラに詫びつつ全てを任せ、ティアを伴ってこの店を訪れたのである。


「ああ。嘘を貫き真を通すってやつかな…。全ての真実を伝えることが正しいこととは思わない…」


 プレスはそう答えてグラスの赤葡萄酒ワインを傾ける。


 プレスはロヨラ家の者達にも冒険者ギルドにも、レーヴェ神国から来た文官とサラにも真実は伝えていなかった。


 真実…、プレスに天を斬らせたほどの真実とは…。


 あの夜、逃げたと思われたジルハイドは戻ってきたのである。そして襲われたキャロラインはあの時、凌辱され命を落とした。その遺体を目の当たりにして半狂乱に泣きわめく子魔狼の絶望にダンジョンコアが引き寄せられたのである。ダンジョンコアの魔力を受け入れたシロがその命を部分的にキャロルへと与えることで半ば強引にキャロルを蘇生させていた。しかしそれは完全な蘇生ではなくキャロルは人族よりは魔力によって造られた魔物に近い存在になってしまった。それと同時にシロの存在はキャロルの障壁とダンジョンコアの二つに分けられ、という意志以外の自我を失うことになったのである。


 それら真実をダンジョン『白狼の咢』の最下層で知ったプレスは神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの能力を使ってダンジョンコアからシロの存在を魔石として斬り出し、さらにキャロルからも同様の方法でシロの存在を斬り出した。その上でティアの助けを借りることで金色の魔力からなる奇跡の力を持ってキャロルの身体を全く新しいものとして再構成し、二つのシロであった存在を一つのフェンリルとして顕在化したのである。


 俗な表現をするならば神の御業と言えるほどの奇跡的な結果であった。


「わざわざあんな風に命を落としたことを伝える必要なんてないさ…。これが正しいかはおれにも分からない…。だけどキャロルの身体は同じ容姿のままに完全に新しい人族として再構成した。あの糞野郎ジルハイドの影響など完全に…、完全に断ち切った…。記憶も残っていない…。もしおれの行為が罪だと言うならばそれはおれが背負えばいいだけだ…」


「主殿!」


「ん?」


 呼ばれてプレスは視線をティアへと向ける。ティアの瞳には慈愛に溢れていた。


「しっかりと伝えておく。主殿の今回の行い、誠に見事なものであった。我は主殿の眷属となったことを心から誇りに思う」


 そう言われてプレスは驚いたような表情を浮かべそして微笑んだ。


「ティア…、ありがとう…」


「さあ、食事を楽しもうではないか!」


 タイミングよく次の料理が運ばれてくる。プレスはこの場にティアという相棒がいることを心から感謝しながら食事を楽しむのであった。

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