第196話 全力

 秋の空が厚い雲で覆われる。そんな空の下、ティアの眼前には下卑た笑い声を上げつつ自身の躰を部分的に弾き飛ばす攻撃を続ける異形の怪物がいた。


「ゲバババババババ、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス…」


 そんな攻撃から自身と周囲を結界で覆って被害を防いでいるティアはプレスの指示を実行しようと考える。


『恐らく…、存在そのものがダンジョンのような魔物なのだろう…、つまり…』


 つまりティアがこの魔物を消滅させればプレスも消滅する可能性がある。そんなリスクは冒せない。


「騎士ども!そして冒険者達よ!!」


 巨大な竜の姿のままティアが魔力と共に倒れている者達に声を掛ける。かつてプレスが使った魔導声音まどうせいおんと言われる技法でダンジョン内などで僧侶職が味方を鼓舞するときや、盾役が魔物のヘイトを集めるときに使用されるものだ。言葉に魔力を乗せることでより心の奥底にその言葉を届けることが出来る技術である。そしてティアは普通の竜ではない。ただの竜種であっても人語を話せるほどの竜種からの魔導声音まどうせいおんであれば人族は皆竦み上がることは確実である。今のティアはプレスの、神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクの眷属としてグレイトドラゴンを遥かに超える格上の存在になっている。そんなティアの言葉によって倒れていた者達は全員が一瞬で飛び起きる。


「「「はっ!!」」」

「「「ふぁい!!」」」

「「「何だ!?」」」


 そして飛び込んでくる光景に唖然とする。


「ド、ドラゴン!?」

「で、でかい…」

「あの結界は…?」

「うげっ!!あっちのは魔物か…?」

「キモッ!!」

「お、おい…」

「あれ…?」

「ああ…」

「もしかして…」


 ジルハイドの部下であるストア家の騎士達はまだ呆然としているが、生き残ることに常に全力である冒険者達の頭は素早く回転し状況を理解していった。


「「「「俺達って守られてる…?」」」」


「お前達!!」


「「「「はいぃぃぃぃぃぃぃ!!」」」」


 竜種の中でも最強と謳われるグレイトドラゴンよりさらに巨大でさらに厳つい現在の姿のティアから声を掛けられて硬直する冒険者達。


「状況を理解できているようだな?話が早くて助かる…。今から我が主がこの魔物を内側から斬る。何があっても被害は最小限にするつもりではあるのだが…、今回ばかりは何が起こるか分からん。だから我は避難を推奨する。ロヨラ家のことは我に任せよ。そなた達は周辺の住民も含めてこの一帯から去るのだ!!」


 真っ青になりつつもこくこくと頷いて冒険者達が移動を開始する。各パーティで指示を出し合い住民にも避難を呼びかけるようだ。我に返った騎士達も一目散に逃げ出した。


「さてと…」


 グルゥウアアアアアアアアアアアア!!!


 ティアの雄叫びと共に異形の怪物の周囲が金色の球体に覆われる。ティアの魔力…、この世界を創造した神々を滅ぼすことが出来るという神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクと同等の魔力を用いて作った強固な結界である。


「ゲ?」


 突然結界に覆われ状況を理解できていない怪物。そんな状況を前にティア念話と共に言葉を呟く…。


『「主殿…、準備は整った。後は任せる…」』


『ティア…。ありがとう…』


 プレスは金属のような物質で造られた広大なホール状の空間に佇んでいた。ホールからはいくつかの通路が伸びているのだがどれを通っても元のホールに戻ってしまう。ここはそういう空間なのだろう。


 ティアの念話を聞いたプレスは輝く金色の長剣を持った右手をだらりと下げて両の眼を閉じた。すると長剣を中心に小さな光の渦が起こる。少しずつ。少しずつ。その光の渦は輝きと大きさを増してゆく。このようなことは初めてだった。元々魔法剣士と呼ばれていたプレスの戦い方にこのようなをつくる場面はこれまでには存在しなかったのである。


 そして光の渦に赤紫の光が加わる。これは神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクとは異なるプレス本人の魔力。この力を継承する以前…、元来の超絶な魔法技術とその凄絶な剣技で先代の神々を滅する者ロード・オブ・ラグナロクでありレーヴェ神国聖印騎士団一番隊隊長かつ恋人でもあったユリア=イーリスを圧倒し、レーヴェ神国史上最年少で最強と認められたその強大な力。その力も余すところなく全てを使う…。全て…。全て…。


「全力だ…」


 今や金と赤紫が織りなす鮮やかな魔力の渦は広大なホール全体を覆いつくすほどになる。ホール全体が…、いや今プレスがいる空間そのもの…、その全てが激しく揺れ始める。その強大な魔力の波動に空間が耐えられていないのだ。それでも魔力の渦は止まらずにその規模を増大させてゆく。


「この程度で壊れるなどおれは許さない…。ジルハイド=ストア…。その罪の重さを知るといい…」


 そうして眼を開いたプレスはゆっくりと右手の長剣を構えるのだった。

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