第161話 ティアの咆哮
プレスが西の小規模ダンジョンに飛び込んだ直後…。
「美人のお姉さん?そこをどいてくれないかなぁ?ボクはあの男を追いかけて殺さなきゃいけない」
そう話ながら男と魔狼たちが包囲の網を狭める。クレティアス教で司祭を務める者の証である黒と金をあしらった不気味なローブが月光に照らされ風にはためく。
そんな男と魔狼たちの眼前にはダンジョンの入り口に立ちはだかる一人の美女。
「お前ごときが主殿を殺す?面白い冗談だ!とりあえずはっきりさせておこう。お前に主殿は殺せない。実力的にな…。だがそれ以前の問題として、我がここにいる限りお前はこのダンジョンに入ることができない。残念だったな?」
そう言い放ったティアは余裕からか月明かりに照らされてきらめく美しい金髪を吹き抜ける風になびかせ気持ちよさそうに夜空を見上げている。まるで男や魔狼たちのことが眼中にないかのようだ。
そんなティアの態度を前に司祭はローブの下に携帯していたサーベルを抜き下品な笑みを浮かべながらサーベルの刃に舌を這わせた。
「お姉さんの恐怖に歪んだ顔をこのサーベルで切り裂いてあげる」
その言葉に反応しティアが男を見据える。
「恐怖に歪んだ顔?そこにいる犬っコロの顔みたいなものか?」
「?」
司祭が傍へ視線を移すと魔狼たちの様子がおかしい。先程まで尾をピンと立て威嚇をしていたはずである。今や全ての個体が尾を後足の間にピッタリと入れて縮こまり、さらには前足で両目を隠し地面へと伏せている個体までいた。
「どうしたお前たち!?」
男が狼狽る。
「まぁ、その程度であろうな…」
ティアは元々グレイトドラゴンを束ねる
ほんの僅かではあるが、ティアから滲み出たその存在感を嗅ぎ取った魔狼がこのような状態になるのは無理からぬことである。
「何を…」
『何をした!』その台詞を司祭は言い終わることができなかった。全てが暗転する。
「………はっ!」
訳が分からなかったが…、かろうじて自分が意識を失っていたことを理解すると全身の感覚が戻り始める。驚くべきことに男は全身の穴から出せるものを全て出して失神していたらしい。周囲の状況確認しようとするが体が動かない。かろうじて動かせる首から上だけが動かせることを把握しせめて状況を知ろうとした。
「バカな…」
それ以上は言葉にならない。目の前には驚愕の状況が展開されている。引き連れていた全ての魔狼が地面へ転がっていたのだ。
「ほぅ、まだ息があったか…。多少の生命力はあると見える」
声がする方を見ると、 美しい金髪を風になびかせながら夜空を見上げているティア姿があった。
「な、な、な、な…」
「何をした?と言いたいのか?まぁ、気にするな!愚かにも我に牙を剥こうとした犬っコロ共が死んだ。それだけだ…」
司祭にはそう言ったが、実際のところティアは人の姿のままで魔力を含むドラゴンの咆哮を放っていた。竜の姿での咆哮に比べればその威力は比べるべくもない。しかしその咆哮は魔狼の命を消し飛ばし、男の全身の穴から出せるものを全て出して失神させるには十分であった。
「あ!」
そんなティアが思い出したかのように口元へと指を当て声を上げる。月明かりの中に浮かび上がるその仕草は凄絶なまでに美しい。
「もう一つはっきりしていることがあった。我が本気で怒っているということだ。貴様は主殿のことをゴミのような冒険者と言ったからな…。主殿は我の好きにして構わないと言った。だから我は貴様を攻撃する!思い知るがよい…」
ティアがそう言うと男が宙へと浮かび上がる。何かの結界で覆われているらしく体の自由が全く効かない。
「い、一体何を…」
男がそう言いかけた矢先、ティアの身体が光に包まれる。
「あ、あ、あ…」
男には信じられなかった。しかし真実は変わらない。光に包まれたティアの身体が変化を遂げ巨大なドラゴンの姿を形作る。それはグレイトドラゴンのそれよりも圧倒的に力強く、そして大きい。
ティアの真上、宙に浮いた男に向かってドラゴンとなったティアがその口を開く。
ティアの周囲に魔力が光の粒子となって集まる。プレスが持つ
集まりつつある強大な魔力はティアの口へと収束される。
「ブ、ブレス…?」
「その通り…。その身に感じるがよい。神を滅するものの力。我が怒りを…。ただ周りの環境に配慮して威力を落とさざるを得ないことが残念だ」
ティアが眼を閉じる。その瞬間、集まっていた金色の光が…ティアを包み込んでいた光が消える。
「ひ、ひいいいいい!イヤだ!死にたく…、こんなところで死にたくな…」
男の声を無視したティアが金色に輝く目を見開く。
「行くぞ!少し弱いが…、
光の柱が男を呑み込んで天へと駆け上がる。クレティアス教の司祭の存在が完全に消滅した瞬間であった。
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