第156話 緊急事態

 ミケとサラがダンジョンコアの異常を取り払っていた頃…、夜の帳が下りたヴァテントゥールにある冒険者ギルドへ緊急の一報が届く。


「何事だ?」


 ギルドに併設された宿泊施設へと詰めていたギルドマスターのフロイツェンが連絡を受けて会議室へと現れる。その背後には宰相であるマテウスの姿もあった。マテウスもまた随時状況を確認するためフロイツェンと同じ宿泊施設に滞在していた。こういった普通の貴族には不可能なことをやってしまうところがフロイツェンら冒険者から信頼を得ることに繋がっているのだろう。


 ギルドマスター、この国の宰相、数人の事務員と受付嬢が会議室に集まった。一人の受付嬢が代表して報告する。


「西の小規模ダンジョンに最も近いギルドからの魔導通信です!西のダンジョンに潜ったS級冒険者パーティ『風の狼』と『翡翠の矢』が撤退したとの情報が届きました!」


 届けられた情報を読む受付嬢の表情が暗い。


「バカな!撤退だと!?何が起こった!?メンバーは無事なのか!?」


 フロイツェンが驚いて声を上げる。


「詳細は不明ですが重傷者多数!さらに未だ一名がダンジョン内に取り残されているとのことです!報告された通信内容は以上です!」


 険しい表情を浮かべるフロイツェンとマテウス。


「…くっ…、救出のためのパーティを編成したいが、それができるS級冒険者がこの近くにはいない…」


 歯噛みするフロイツェンだが顔を上げて指示を飛ばす。


「できることから対応するぞ!回復魔法を使える冒険者を集めろ!重傷者治療の応援に向かうよう緊急の依頼を出してくれ!できれば朝を待たずに出発させたい!!」

「報酬は国が十分に出す。大規模討伐依頼と同じ水準と言ってしまって構わない!急がせてくれ!」


 フロイツェンとマテウスの指示を受けて受付嬢の一人が会議室を飛び出す。


「フロイツェン!救出はどうする?」


 マテウスに聞かれ苦悶に満ちた表情のまま俯くフロイツェン。


「冒険者の生死は本人の自由ではあるが、今回の件では見捨てない。だが…、重傷者多数ということは全滅の危険があったということだ…。S級冒険者パーティ二つが挑んで全滅の可能性があるダンジョンにA級冒険者のパーティを送り込むことはできん…」


 冒険者には上からS級、A級、B級、C級、D級、E級といった六種類の階級が存在する。上の階級が必ずしも強いとは限らないが一般的に言ってS級とA級の間には特に武力に関して決して超えられない程の差があった。


「ハーティア殿とスターシーカー殿に頼むことは出来ないだろうか?」


 顔を上げそう言ってマテウスを見る。


「当然、頼むことは出来る。あの二人なら快諾してくれるはずだ…。だが二人とも北西のダンジョンに赴いている。恐らく同行しているA級冒険者に気を使って移動しているだろう。出発から三日目の夜である今日…数刻前には到着していると考えられるが…」


 マテウスは冷静に言葉を紡ぐ。


「朝を待って探索を始めたとして…、彼らなら明日中にダンジョンコアに異常があってもその原因を取り除く。これは確実だ…。しかし問題が起こらなかった場合、魔導通信は使われない。彼らと連絡を取る術がないのだ。明日の夜に出発したとしても急ぐ必要のない彼らのヴァテントゥールへの到着は三日後の朝になってしまうだろう…。ここから西のダンジョンまでは丸一日は必要だ…。とても間に合わない…。テイマーに依頼しテイムモンスターに連絡させる…。いや…、最近できた小規模ダンジョンでは正確な場所をモンスターに伝えられない。それに…それでも一日以上は必要だ…」


 マテウスは首を横に振る。実際のところミケとサラは朝を待たずにダンジョンへと潜りダンジョンコアを侵食していた魔物を斃していたのだが、今の彼らにそれを知る術はなかった。立ち上がったフロイツェンは拳を壁へと叩きつける。


「俺の見通しが甘かった…」


 ギルドマスターは絞り出すようにそう呟くのだった。

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