第148話 宰相とギルドマスターと訪問者
地上へと辿り着いたプレスはティアに最下層へ結果を張ることを指示し、マリアへ詳細を報告した。漆黒の魔力を扱う者達のことは伏せたが、今回の異常が人為的なものである可能性と他のダンジョンでも同じことが起こる可能性は伝えた。
マリアによると最近になって発見されたダンジョンはプレス達が目指している港湾国家カシーラスの首都ヴァテントゥールから二、三日の場所にあと三箇所あるらしい。どれもいくつかの貴族がギルドとの共同経営を望んでいるそうだ。もしそれらのダンジョンに同じような異変あった場合、S級以上の冒険者が対応に当たる必要がある。既にプレスの実力を心から認めていたマリアは彼の説明に理解を示し、彼女の名代として部下を近くの冒険者ギルドに向かわせヴァテントゥールの冒険者ギルドへ緊急連絡を行った。
ちなみにこの緊急連絡には非常に高価な魔石の魔力を利用する魔導通信が使用された。これは港湾国家カシーラスの独自の技術でS級冒険者、王族、または高位の貴族が緊急の場合のみ使用を許される特別な通信法である。この通信で連絡が届くということは港湾国家カシーラスに極めて危険な事態が発生していると解釈されるのだった。
そんな極めて重要な通信がヴァテントゥールの冒険者ギルドに届く少し前…。
ヴァテントゥールの冒険者ギルドマスターであるフロイツェンはギルドの会議室で目の前にいる男から聞いた内容に唖然としていた。彼の前にはこの国の宰相マテウス=フランドルが座っており、二人の間には数刻前にマテウスに届けられた書状が開かれている。
自らの案について王と緊急会議に出席した閣僚全員から電光石火で了承を取り付けたマテウスはその足で冒険者ギルドを訪れていた。宰相がギルドを訪れること自体はそこまで珍しいことではない。この国における冒険者の重要性を理解している宰相は年に数回の頻度でギルドを訪れ高位の冒険者達から要望などを聞く場を設けるなどしていたからだ。
「それで…、私の案…、というか依頼だが…、を受けてくれるか?」
そう問うマテウスの表情は真剣だ。相当な危機感がそこには見てとれる。
「………そうは言うがマテウスよ…。これは俺達ギルドでも手に余る案件だ…」
ギルドマスターのフロイツェンは元S級の冒険者であり宰相のマテウスとは旧知の間柄である。かつての戦乱の時代から二人はS級冒険者と貴族出身の高級官僚という一般的には対立する立場でありながら互いに信頼し協力してきた仲であった。
港湾国家カシーラスが戦乱の時代にその被害を最小限に抑え、その後の奇跡的な発展を遂げることが出来たのはこの二人の功績によるところが大きいとされている。そんな間柄のためフロイツェンの言葉には遠慮がない。
「そうは言うがフロイツェン。先方は人を探している。騎士を動かすよりは情報に敏感な冒険者の方が適任なのだ」
「お前の言うことはいつも正しいが…」
フロイツェンもこの方法しかないことは理解できた。だがリスクは大きい。
「悪いが国境で二人の分隊長を見つけたら、ここに連れてくるように既に警備隊には伝えてある」
そう言って口の端を捻ってニヤリと笑う宰相。
「この悪人が…。デカい借りになると思えよ!」
そう言ってフロイツェンは疲れた表情を浮かべた。宰相マテウスの依頼とは港湾国家カシーラスを訪れるレーヴェ神国聖印騎士団の二人の分隊長が行う人探しに冒険者ギルドが全面的に協力してほしいというものだ。冒険者ギルドに協力してほしいと言っているが要は王家、貴族、騎士団はこの件には極力関わらないということだ。冒険者ギルドに対応の全てを押し付けたとも言う。
戦乱の時代を経験したフロイツェンはレーヴェ神国聖印騎士団の分隊長の実力を正しく理解していた。彼らの人間性に問題があるという訳ではないが、もし不興を買えばどんな恐ろしいことがヴァテントゥールに起こるか想像もつかない。レーヴェ神国聖印騎士団の実力を理解していない若い冒険者が彼らを怒らせることでヴァテントゥールの半分が塵になってもフロイツェンは驚かない自信があった。それほどの存在が二人もこの街に来るという。
そんな怪物たちへの対応の責任をマテウスはフロイツェンに依頼したのであった。
「恩に着る…」
そう言って宰相は頭を下げる。
「よせ…。俺達ギルドへ任せるってことを閣僚たちに納得させるのも大変だったろう?それに貴族出身の若い騎士に任せる方が街の安全が心配だ…。そういうことだろう?」
宰相であるマテウスの苦労を
「まあ…、な…」
宰相は言葉を濁したがフロイツェンの指摘は正しい。現在の騎士団は貴族出身の若者中心に構成されており、かつての戦乱の時代を知る者が少ない。レーヴェ神国聖印騎士団の二人の分隊長が街を訪れるということの重要性を理解できるとは思えなかった。
「それで…、一体彼らは誰を探しているんだ?」
フロイツェンの問いに首を振るマテウス。二人の分隊長が到着するまではその辺りは明らかにできそうにはなかった。
「ま、腹は括ったぞ!俺達に任せておけ!何とか…」
「き、緊急の用件のため失礼します!!」
フロイツェンの言葉を遮るように受付嬢の一人が会議室へと飛び込んでくる。
「おいおい、マテウスも一応は宰相なんだからノックも無しに会談の場所に飛び込むのは不敬になるぞ?」
「一応は余計だ…」
やれやれと言った表情のマテウスを気にすることもなくフロイツェンは受付嬢へ尋ねる。
「何が起こった?」
「レ、レ、レーヴェ神国聖印騎士団の二番隊隊長であるミケランジェロ=ハーティア様と五番隊隊長であるサラ=スターシーカー様が受付にいらっしゃってます!!」
まさかの事態に宰相とギルドマスターは顔を見合わせるのだった。
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