第147話 共に存在する者のため

 小規模ダンジョンの最下層でプレスはダンジョンコアの前に立って呟く。


「この茨のようなものが元凶かな…?」


 七色に輝く球体は明滅を繰り返しながら漆黒の茨を振り解きたいかのように魔力の霧を放出している。


「この茨って…、まさか…」


 右手に魔力を宿してゆっくりと近づける。プレスの魔力が漆黒の茨が纏っている魔力を感じ取る。


「ティアを捉えていた杭と似た魔力…。あいつらか…」


 項垂れるプレス。今はプレスの従魔となっているティアだが、かつてはグレイトドラゴンの姿で二百年間もの間、漆黒の杭でエルニサエル公国の中心地である湖岸の街ハプスクラインのダンジョン最下層で磔にされていた。この漆黒の茨からはその漆黒の杭と同じ質の魔力を感じたのである。


 これまでプレスはこの漆黒の魔力を操る者たちと少なからず因縁があった。


 エルニサエル公国におけるカーマインの街で黒いワイバーン、グレイトドラゴンのドラゴンゾンビ、ダークリッチを斃しこの世界への侵攻を止めた。同公国内にあるハプスクラインのダンジョンではエルダーリッチを斃し、禁呪で製作されたリビングアーマーを兵器として用いる計画を潰した。港湾国家カシーラスに来てからは大河オーティスの河口に造られた街リドカルで同じような魔力を持つ触手の魔物を斃し、リヴァイアサンの洗脳という目的を打ち砕いた。


「今回はダンジョンコアにこんなことを…、ダンジョンの暴走でも狙ったかな?……やり方が陰湿で汚い……」


 ダンジョン内の魔物が増え過ぎた場合、大量の魔物がダンジョンから溢れ出し周囲の街や村に甚大な被害を出すことがある。これはとかなどとも呼ばれる魔物の大量発生と暴走であり最も被害を受けるのは何の罪もない一般の民であった。


「ま、そんなことはさせない…。おれ達ならお前等の計画を潰すことが出来るからね…」


 プレスは背中の木箱を下ろしながらダンジョンコアの状態を観察すると共にコアに語りかけるように話す。


「かなり浸食が進んでいる。こんな状態は辛いだろう?これでは生み出される魔物達も滅茶苦茶だ…。それにしてもギガントミノタウロスやハイドラが出現してたから意図的に強力な魔物を…ってことかな…?だったら君もあいつらに踊らされた存在ってことだね。ダンジョンは厄介だけど小規模ダンジョンは富を生み出す存在でもあるからね…。そしてこの世界でおれ達と共に存在している…」


 そう言いながらプレスは懐から紙を取り出した。右手の人差し指と中指の腹を噛み、流れる血で魔法陣を描く。完成した魔法陣を箱の側面に押し当て本日二度目となる呪文を唱える。プレスは漆黒の魔力を扱う者達の野望を打ち砕くためダンジョンを助ける選択をしたのだ。


天地疾走オーバードライブ解呪アンロック!」


 プレスがそう唱え木箱の上方が開き金色に光り輝く長剣が飛び出す。柄を握ると本来は夜のような漆黒を湛えるプレスの瞳が金色に輝いた。


 金色の長剣を構えると漆黒の茨が動き出した。プレスの発する武威に危機を感じたのかコアを中心にびっしりと棘のついた数十本もの触手が生み出される。そしてその触手は唸りを上げる鞭と化し驚くべき速度でプレスへと襲い掛かってきた。


「無駄だよ…」


 プレスが信じがたい速さで次々と斬撃を繰り出す。その斬撃を受けた漆黒の鞭は悉く光の粒子へと姿を変えて消滅した。一気に間合いを詰めたプレスは茨が塊を作っていた部分…、つまり最も魔力の濃い部分へ深々と金色の長剣を突き立てる。


「ギギギギギギギギ!!!」


 断末魔のような音が漆黒の茨から上がる。


「よくこんなものを創ったね…。だけどこんなものを使うことは…。このおれが許さない!」


 そう呟いたプレスの長剣が輝きを増す。小規模ダンジョンの最下層に光の奔流が溢れる。それと同時にダンジョンコアに絡みついていた漆黒の茨が次々に光の粒子となって消滅していった。


 全ての茨が消滅したのを確認したプレスはダンジョンコアを覗き込む。どうやら浸食されていた部分も元に戻ったらしい。


「なんとかなったね…」


 そう呟いてプレスは胸元から一枚の紙を取り出す。先ほどと同様の方法で魔法陣を書き、その手に持っていた剣を木箱に納める。蓋を閉じ、側面に紙を押し付け唱えた。


天地創造オーバーライド封呪ロック!」


 途端に光が消え七色に輝くダンジョンコアがそこに残された。もう魔力の霧は放っていない。


「これで大丈夫。出現する魔物も小規模ダンジョンに合わせたものに戻るだろう。後でティアに最下層へ結界を張ってもらうことにするよ。そうすればコアに妙な干渉は出来なくなるはずだ」


 そうコアに語りかけたプレスは木箱を背負って踵を返す。


「アリガトウ…」


 そんな言葉が聞こえた気がして思わずプレスは振り返る。そこには七色に輝くダンジョンコアが静かに浮かんでいた。


「………まさかね………」


 そう呟いたプレスは一気に地上を目指すのだった。

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