第149話 探し人

 夕日になりかけた陽光が西から降り注ぐと共に爽やかな風が吹き抜ける。港湾国家カシーラスは秋の入り口を迎えていた。ゆったりとした初秋の午後である筈なのだがここヴァテントゥールの冒険者ギルドではそれを楽しむような余裕もない事態が発生していた。


「いやー、こんなにタイミングよく二人に会えるなんて思わなかったよ!あたいらは運がいいなー!」


 そう言いながら猫族ワーキャットの女性が会議室のソファにゆったりと腰を下ろす。燃えるような紅い髪と可愛らしい外見。ローブを纏っているが隙間から見えるその下は真っ赤なビキニアーマーである。前衛職に思えるが武器のたぐいは携帯していない。


「全くです。お二人ともご無沙汰いたしております。こちらにご招待頂きありがとうございました」


 そうして目の前の男二人に頭を下げる銀髪の女性。美しい人族の女性だ。まるで淑女といった趣は冒険者ギルドとは全く不釣り合いな雰囲気を漂わせている。魔導士らしくローブを纏っているがそのローブも美しい体のラインを隠しきれてはいなかった。


 どちらもこの港湾国家カシーラスで重責を担う宰相のマテウス=フランドルとギルドマスターのフロイツェンを前にしているとは思えない程リラックスした状態である。


 対して会議室で応対している二人の男には余裕などはない。この二人の女性がこちらへ悪意や敵意を向けている訳ではない。しかしかつて戦乱の折、港湾国家カシーラスの友軍として参戦した二人の実力を見たことがあるマテウスとフロイツェンはその実力を思い出して緊張せずにはいられなかった。じっとりと脂汗を滲ませながら訴えかけるようなフロイツェンの視線を受けてマテウスが口を開く。


「ハーティア殿、スターシーカー殿、私がハインリッヒ殿からの書簡を受け取ったのが今朝のことだ。まさかこんなに早い到着になるとは…。正直言って驚いている」


 その口調は重苦しい。


「突然押し掛けた形になってしまい申し訳ありません。ちょうどマテウス様の指示が国境の警備隊に届いたころ、わたくしたちもその場にいたのです。それでミケさんが急ごうと言って案内して下さる警備隊の方を置き去りにここまで来てしまいました」


 そう言って軽くミケを睨むサラ。


「あー、サラ!そのことは申し訳ないと思っているよ。でもこの街はよく知っているからギルドまでならあたいらだけでよかったからさ…」


 バツが悪そうにミケが答える。悪気があった訳ではないらしいことはマテウスもフロイツェンも理解した。改めてマテウスが口を開く。


「では、早速で悪いのだが本題について話をさせて頂こう。あなた方は人を探しているということだった。そのため騎士団を動かすよりも情報に敏感な冒険者に依頼する方が確実と考えここに来て頂いたのだが、それで問題なかったかな?」


 その問いにサラが答える。


「お気遣い感謝申し上げます。ですがわたくしたちはギルドへの依頼を出さないことにしました」


「ほう…。理由を伺っても?」


わたくしたちがお会いしたい方は、わたくしたちが探しているという事実を知ったら身を隠してしまうでしょう。本気で身を隠した場合、我々があの方を見つけることは不可能なのです。ですので外に出る情報は極力少なくしたいのです。名前ですら伏せさせて頂きたいと考えています」


「それではどのようにして…?」


「その方は冒険者をしている可能性が高いのです。身体的特徴をお伝えするのでその条件に合致した方が受付にいらっしゃった際、確実に我々へと引き合わせて頂ければと思います。その後のことはわたくしたちが対応します」


「ふむ…。それでその身体的特徴というのは?」


「この大陸には珍しい黒髪黒目で身長は一.八メトル程です」


 それを聞いて安堵したかのようにフロイツェンが口を開く。


「黒髪黒目は確かに珍しい…。その者がギルドを訪れた際に間違いなくお二人に連絡する。それだけでよいのか?」


「ええ。それで問題ありません。ただし、その方がこちらにおいでになったにも関わらずわたくしたちへと引き合わせることが出来なかった場合、わたくしは大丈夫ですがミケさんが怒るかもしれません。その際はわたくしも何とかしてみますが保証は出来かねますので…」


 その言葉に呼応するかのようにミケがニヤリと笑った。フロイツェンの顔が真っ青を通り越して土色に染まる。


「わ、分かった!確実に対応するため信頼できる受付嬢達が常にカウンターにいるように取り計らう!!必ずだ!約束する!!」


「お手間を取らせて申し訳ありませんが、宜しくお願いします」

「お願いします!」


 サラもミケも頭を下げた。どうやら話し合いは問題なく終われるらしい。マテウスもフロイツェンも内心で胸を撫で下ろした。


「た、大変です!!」


 たった今、安堵したばかりの心をぶち壊すかのように受付嬢が会議室に飛び込んでくる。


「何度言ったら分かるんだ…」


 フロイツェンの言葉を遮って受付嬢が声を上げる。


「魔導通信による連絡が入りました!!国家的危機の可能性があります!!」


 会議室に居た女性二人はお互いに、男性二人は先程と同様に、互いの顔を見合わせるのだった。

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