第144話 間に合った冒険者

 第三階層もまた魔力の霧が充満していた。第二階層でプレスが放った永久凍土の棺フリージングコフィンの影響は見られない。


 ダンジョンとはこの世界とは隔絶された空間に存在しており、各階層も厳密な意味ではそれぞれが別空間であるとの説があるが正しいかもしれない。ただティアのブレスがダンジョンの天井を貫き地上までをぶち抜いたことがあったので怪しい説ではあるのだが…。そんなことを考えながらもプレスは索敵能力で周囲を探る。するとそう遠くはない位置に人の気配を確認した。


「五人…。魔物に囲まれている…?」


 状況はよくない。プレスは高速での移動を開始した。




「は!!」


 アーリアの振るった騎士剣の一撃が空を切り魔物の姿は魔力の霧へと溶けるように消える。彼女の顔が悔しそうに歪む。彼女を含めた騎士の五人は分の悪い撤退戦を余儀なくされていた。今は多数の魔物に距離を取って囲まれダンジョンの一角に釘付けにされている。


 アーリア達がダンジョンに潜るのはこれが初めてではない。小規模ダンジョンのギルドとの共同管理は港湾国家カシーラスにおける貴族の重要な収入源とされていた。アーリアは訓練として数度、正式な任務で三度ダンジョン探索を行っており、専門の冒険者とは比べるべくもないが、と言えた。


 そんなアーリアにとって現在起きていることは完全に想定外の事態であった。探索を順調に進め第四階層へ降りる階段を見つけたまでは何も問題がなかった。リーダーを務めるアーリアが第四階層に下りる指示を出そうとした時、突如としてダンジョン内に異常な魔力の奔流が現れ、魔力が霧のように可視化されて視界を奪われた。本来であれば即座に守備に特化した陣形を整え撤退を行うべきであったがあまりの出来事に指示が遅れた。呆然とした一瞬の隙を突かれて前衛にいたボーエンが足に攻撃を受けたのだ。我に返ったアーリアはボーエンを守る形で陣形を整え出口までの撤退を決める。しかし、ボーエンの傷は思いのほか深く、移動速度に深刻な影響を与えた。さらに魔力の霧による視界の悪化と凶暴化したゴブリンなどから受ける絶え間のない攻撃で苦しい戦いを余儀なくされたのだった。


「くそっ!魔物の動きが速すぎるし、この霧で何も見えない!移動もできないこの状態では…」

「弱気になるな!!必ず生きてここから出るぞ!!」


 喚く部下を叱咤するが、状況は極めて悪いと言わざるを得ない。


「う、うううう」

「ボーエン!!」


 ゴブリンが持つ短剣による傷だろう。止血はできたが大腿部を深々と抉られたボーエンの傷口は紫色に腫れ上がっている。解毒ポーションの効果が薄い。ゴブリンは武器に毒を塗る場合がありその種類によっては解毒ポーションの効きが悪い場合があった。恐らく発熱もしているだろう。このままではマズい。


「モォオオオオ!!!」

「ブモォオ!!!」


 鬨の声を上げるような魔物の雄叫びがこだまする。


「これは…、がぁ!!!」


 アーリアは霧の中から突然繰り出された巨大な斧の一撃を辛うじて盾で防ぐ。しかし勢いを止めることは出来ず、アーリアは壁に叩きつけられた。さらに別の斧による一撃が騎士を襲い同じく盾で防いだ一人が壁まで吹っ飛ばされる。霧の中から二体のミノタウロスが現れた。


「ミ、ミノタウロス…、なんでこんなところに…、それも二体…」

「あの速さと強さは…?」


 部下の表情に絶望の色が浮かぶ。万全な状態の五対二であれば普通のミノタウロス相手に後れを取らない自信はあった。しかし仲間一人を庇った状態に加えて、魔力の霧で視界も悪く、魔物は凶暴化したのか速くて強い。かろうじて立ち上がったアーリアだがいくら考えを巡らせても絶望の二文字がチラつく。それでも頭を振って部下を守るように前へ出て騎士剣と盾を構える。


「まず私を殺すがいい!!だがそう簡単ではないぞ!!」


 そんなアーリアを見下ろしてミノタウロスが笑みを浮かべる。


「くっ!!」


 屈辱に顔を歪めるアーリアだが勝機は全く見いだせない。


「「ブモォオオオオオオオオ!!」」


 そうして勝利を確認した二頭の魔物が斧を振りかぶった時、


「間に合ったかな…」


 そんな声と共に長剣を携え木箱を背負った冒険者の背中がアーリアの前に忽然と現れる。


「よく持ちこたえたね。アーリアさん」


 振り返ったのはC級冒険者のプレストンである。それと同時に二体のミノタウロスの頭部が地面へと落ちたのだった。

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