第143話 永久凍土の棺

 魔力の霧がさらに濃くなる。普通の人族ではこの第二階層では壁の位置を把握することも難しいだろう。既に視覚は役に立たないがプレスは己の索敵能力…周囲の気配を感じる力をもって的確に状況を捉えていた。周囲の魔物の動きが手に取るように分かる。


 ゴブリン、中型の大蛇サーペントの気配を感じる…。


ボアはいないようだけど…っと!!」


 目にも止まらぬ速さで長剣を薙いだその先には真っ二つになった昆虫タイプの魔物がいた。黒光りする甲殻を持ったそれは真っ二つにされてもなお脚を有機的に動かしている。


「うえー…。そして数が多い…」


 周囲の気配を探ると無数の魔物の存在が捉えられた。全て先ほどと同じ昆虫タイプらしい。負けるとは思わないが一斉に飛び掛かられると精神衛生的によくはない。


「アーリア達!!この辺りに居ないと思うからこれから魔法を使う!!って言うか居ても使うし、そこまで本気でやらないから恨まないでくれ!!」


 そう声を上げると同時にプレスの周りに夥しい魔力が集まる。


永久凍土の棺フリージングコフィン!!」


 その言葉と共に第二階層が魔力の霧もまとめて一気に凍り付いた。周囲を埋め尽くしていた昆虫タイプの魔物も魔力の霧に絡めとられるように氷の彫刻と化している。


 魔物達の状態を確認したプレスはさらに魔法を行使する。


地槍グランドランス!」


 地槍グランドランスは地面に魔力で働きかけ小規模ながらも強力な爆発を生み出す土魔法だ。爆発の衝撃で凍った魔力の霧が連鎖的に全て砕け散り通路が露になる。それと同時に長剣を抜き放ったプレスは床や壁に氷の彫刻として張り付けられた魔物を細切れにしながら一気に移動を開始する。


「長居は無用だね…。一気に第三階層へ…」


 そう考えながら奥へと進むと天井が高く広いホールのような場所へと出た。床や壁、天井までも永久凍土の棺フリージングコフィンの影響で凍り付いている。魔力の霧も再び充満し始めているがまだ視界を奪うほどではない。そんなホールで巨大な一匹の魔物をプレスは見据える。魔物が発する熱が周囲の氷を溶かしているのだろうか…、もうもうと蒸気が立ち上がる。


「ブモォオオオオオオオオオ!!!」


 魔物が鬨の声を上げる。刃渡り二メトル以上の斧を肩に背負い、牛の頭部と筋骨隆々の肉体を持った人型の魔物だ。身の丈は五メトルを超えている。怒りに燃えた真っ赤な眼がプレスを睨みつけている。


「ミノタウロス?いや…、この大きさと色から察するにギガントミノタウロスかな?」


 ミノタウロスはその膂力と凶暴性でダンジョンにおける最も危険な魔物として知られている。また複数で行動する場合も多いためミノタウロスが確認されたダンジョンはA級冒険者パーティ複数での攻略が推奨されるダンジョンになるはずだ。ギガントミノタウロスはそんなミノタウロスの進化体もしくは変異体と考えられており何らかの環境異常によって創り出される魔物と最新の研究では言われている。その膂力はミノタウロスの比ではなく腕の一振りでミノタウロス数匹を薙ぎ倒した姿も報告されていた。


 単独での活動が報告されているがその危険性は大きくS級冒険者パーティでの討伐が推奨されている。


「こんな浅い階層にいるなんてね…。それにアーリア達はここを通った筈で…、やっぱり突然発生したのかな…」


 そう呟きつつプレスは長剣を構える。


「ガァアアアアアアアアア!!」


 喚くような鳴き声を上げながらプレスへと駆け寄り、巨大な斧を振り下ろそうとするギガントミノタウロス。その想定外の素早さは少々プレスを驚かす。


「こんなに素早く動けるなんて…、やっぱり異常な状況なんだよね…」


 そう言いながらもプレスは斧を躱し魔物の懐に飛び込んでいる。既に斬撃が届く間合いだ。


「恨みはないけど時間がないんだ…。急がせてもらう…」


 飛び上がったプレスの長剣が光の速さにも劣らない速度で一閃される。一条の光となった斬撃がギガントミノタウロスの首を捉えた…、転瞬プレスは魔物の背後へと移動しホールの奥を見据えている。


 音もなくギガントミノタウロスの首が落ちその巨体が静かに床へと倒れ伏した。


「ふう…、おっと、見つけた!」


 ホールの奥まった部分に第三階層への階段を見つけたプレスは躊躇なく飛び込むのであった。

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