第142話 立ち込める魔力

「これは…、なかなか厳しい状態だよね…」


 ダンジョンに飛び込んだプレスはそんなことを呟いた。


 周囲には赤紫色に鈍く輝く魔力が漂い、先ほどプレスが入ってきた入口へと向かってゆっくりと流れている。


 一般的に言ってプレスやティアのような存在であれば大気中に流れる魔力を把握することは可能であるが、マリアのような一般人では大気中の魔力を目でとらえることは難しい。にもかかわらず先ほどダンジョンから溢れ出した魔力をマリアや他の騎士達ははっきりと視認していた。


 このことは現在ダンジョン内に流れている魔力の密度が異常に高いことを示唆している。元来、魔物は大気中の魔力の影響を受けやすいとされるためダンジョン内の環境への影響が懸念される事態だった。


「さて…、おっと!」


 咄嗟に反応したプレスは側面から高速で近づいてきた存在に長剣を振るう。魔力が濃すぎて魔物を視認できない状況ではあったがプレスの斬撃は的確に魔物の急所を捉えていた。


「ギギャ!!」

「ゲゲゲ!!」


 断末魔の声を上げたのは二体の魔物。二体とも奇麗に首を落とされている。


「ゴブリンか…。でもゴブリンの速さではないね…」


 そう言いつつもプレスはダンジョンの見取り図を手に移動する。赤紫色の魔力が霧のように立ち込め、それが生き物のように流れているこの状況、視認性は極めて悪いがプレスはそれを感じさせない素早さで移動する。走ってはいないのだが通常の冒険者がダンジョンを探索する倍以上の速さは出ているだろう。プレスはアーリア達を助けることのみを目的にできるだけ素早い移動を心掛けた。


 第一階層は単純な構造らしい。複雑な枝分かれをすることもなくやや広めの通路と部屋上の空間がいくつも繋がったかのような構造だ。プレスは罠に注意を払いながらも全速を心掛ける。


 そんなプレスにゴブリン、小型のボア、中型の大蛇サーペントといった魔物が飛び掛かってきた。魔物達はこの視認性の悪さを感じていないようだった。本来は初心者用のダンジョンでよく見る魔物なのだが妙に素早く、妙に強い。恐らく異常な量の魔力が充満したため変異か凶暴化を起こしたと思われる。この畳みかけるような攻撃はB級冒険者のパーティであっても全滅の危険性があるだろう。


 プレスは襲い掛かってくるゴブリンと大蛇サーペントは首を刎ねることで確実に絶命させ、ボアについては下段の斬撃で足を斬り飛ばし無力化する。かなりの数の魔物を相手にしながらではあるが、移動の速度は一切緩めていない。高速戦闘の技術を持つ者の本領発揮というべきだろう。


「結構数がいる…、おれは大丈夫だけど、アーリア達は騎士だからね…」


 騎士達の剣技は集団戦闘や防衛戦を基本とすることが多く高速戦闘は不得手とされる。上手く陣形を整えて防衛と撤退に特化した行動をとっていてほしいと思うプレスであるがこの状況でどこまで冷静な判断が下せるか…。


「アーリア!!聞こえるか!?聞こえたら返事をしてほしいんだ!!」


 そう声を上げるも返事はなく、プレスの索敵には魔物しか感じられない。見ると下へと続く階段を見つけた。


「ダンジョンに潜って二刻は経っていたよね…。もう一つ…、いや二つは下りた可能性があるか…」


 口の中で呟く間も魔物の攻撃は絶え間なく続いている。煩く纏わりついてきた大蛇サーペント三匹の首を一瞬にして斬り飛ばし、長剣にべったりとついた血糊を見たプレスは飛び掛かってきたゴブリン目掛けて長剣を投げつけた。


「ギャッ!!」


 そんな叫び声を残してゴブリンがダンジョンの壁に縫い付けられる。そんな魔物の結末を見ることもなくプレスはマジックボックスから新たな長剣を取り出す。


「間に合ってくれよ…」


 そう言いながらプレスは第二階層へ続く階段へと飛び込むのであった。

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