第136話 騎士の剣

「我がいえの騎士がご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 宰相家の敷地内に建てられた練武場に案内されたプレスとティアにそう言って頭を下げるのはマリア=フランドル。このリドカルの街を統治する港湾国家カシーラスの宰相マテウス=フランドルの娘であり今回の依頼者でもあった。


「いやいや…、それほど気にはしていないから頭を上げて下さい」


 心の底から申し訳なさそうにしているマリアに向けて、どうということはないといった感じでプレスは応じる。


「アーリアは私が幼い時分から仕えてくれている信頼できる者なのですが、なぜか強者との戦いに憧れを感じる部分がありまして…」


「そうか…、だろうね…」


「う、うむ…。気持ちは分からないではないのだがな…」


 アーリアが戦闘狂バトルジャンキーであることが確定しプレスとティアは遠い所を見る目になる。そんなプレス達を尻目に模擬戦を挑んだ張本人であり、フランドル家付き騎士隊で副隊長を務めるアーリア=ロクサーヌは木剣を手に取り感触を確かめている。


 同じくプレスも荷物を下ろして木剣を手に取る。


「主殿…。どうするのだ…?」


「まあ、普通に戦うさ…。あのアーリアって騎士なら負けても『卑怯な!決闘だ!』とは言ってこないと思うからね…」


「負けを恥じ、敗者の汚名をそそぐため命を懸けて決闘を申し込むよりも、より強くなる糧として受け入れると…?」


「流石はティア!分かってるじゃないか!」


 そう言ってプレスはティアの頭を撫でる。


「ふふふふ。主殿が負けるなどとは微塵も思わぬが気をつけてな!」


「分かってる…」


 そうしてアーリアとプレスは練武場で対峙することとなった。革製の軽鎧と同じく革製の兜を身に着けたアーリアに対してプレスはいつもの冒険者風の装いのままである。審判はいないため模擬戦とは言うが互角稽古の側面が強い。つまり試合のような気持ちで互いに一本を狙う勝負である。そのため開始の合図もなかった。練武場の中央で木剣を構える二人。


「プレス殿?その装備でよいのか?」


「冒険者がいつも以外の服装で戦うなんてありえないからね…」


 その言葉に凄いような笑みを浮かべる。このようなことを言われたことがないのだろう。挑発と捉えたか…。


 そして誰の合図もないままに模擬戦が始まった。


「は!!」


 先に動いたのはアーリア。上段から木剣を鋭く打ち込むがプレスは木剣を軽く当てただけでこれを弾いた。その場から一歩も動いていない。


「!」


 やや驚いたような表情を浮かべるアーリアだがその動きは止まらない。一気呵成に自身最大の連撃を繰り出す。流石に宰相家で騎士隊の副隊長を務めるだけのことはある。型によってもたらされた基本に忠実でありながら流れるような攻撃は騎士として長年の研鑚を積んできたことをプレスに理解させた。しかしその連撃はプレスを捉えることができなかった。


「何故だ!?何故…?」


 プレスはまだ一度も斬撃を放ってはいない。だがアーリアの表情にはありありと困惑の色が浮かぶ。アーリア渾身の連撃…、切落、袈裟斬り、胴薙、斬上、そして刺突の全てが弾かれ無力化される。しかもプレスはその場から動こうともしない。


「こ、これは…?騎士?騎士の剣…?」


 そうプレスが繰り出しているのは騎士特有の剣技として知られるパリイ受け流しと呼ばれる技に近い。しかし足を動かさずに斬撃を弾くというのは常軌を逸していると言えた。


「…こんなものかな…」


 困惑するアーリアに構わずプレスは袈裟斬りの一つを大きく弾き飛ばすとアーリア自身も弾き飛ばされ床に倒れこんだ。


「まだ続ける?護衛として相応しいか確認したいって言っていたから…、これで示せたんじゃないかな?」


 プレスによる騎士の技がもたらしたあまりの光景によって練武場は沈黙に支配されるのであった。

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