第137話 マリアの依頼

「ご迷惑をおかけしました。それでは依頼について確認させて頂きます」


 今回の依頼者は宰相の娘マリア=フランドル本人らしい。そのマリアからそのように言われプレスとティアは再び馬車が留め置かれている広場へと移動していた。


 マリアの傍らには宰相家付きの騎士隊で副隊長を務めるアーリア=ロクサーヌが膝を抱えて蹲っている。


「バカな…、あれはパリイ《受け流し》…、私の剣が全く届かなかった…、騎士なのか…、いや…、冒険者のはず…」


 何やらぶつぶつと呟いている。余程、騎士の剣技でプレスに負けたのがショックだったらしい。

 模擬戦においてプレスは高速戦闘を行わなかった。その代わり騎士の剣技として知られているパリイ《受け流し》に近い技を用いることにしたのである。


 一部に例外はあるが、この大陸において騎士の剣技は主と主が大切にしているもの護るために存在するとされている。そのため騎士は、攻めよりも護り、一対一よりも集団対集団に特化した剣技を修めることが必須とされていた。パリイ《受け流し》は護るため存在するとして騎士達には広く知られた技。それを冒険者が使えるとは夢にも思わなかったアーリアである。そしてその技量はアーリアのそれを完全に凌駕していた。彼女が回復するにはもう少し時間が必要かもしれない。


 それを尻目にマリアの確認が始まる。一応は依頼書通りの内容で話は進んだのだが、それでは終わらなかった。疑問を抱いたプレスが問いかける。


「そう言えば依頼書には護衛のためにパーティを二つって書いてあったと思うけど?」


「それについては…、結論から申し上げますと雇った冒険者はプレストンさんとティアさんだけです」


 マリアの答えに僅かに目を細めるプレス。


「詳細を聞いても…?」


「ええ、もちろんです。私の目的はお二人を護衛に雇って首都ヴァテントゥールへ向かうことでした。もし一つのパーティを募集としてお二人を指名した場合、『パーティを組んでないから実質的に二つのパーティ扱いなので依頼を受けることはできない』ということで断られることを懸念してのことです」


「そんな細かいことを…?」


「貴族の慣例と捉えて頂いて構いません」


「…と言うことは同行する騎士が六人っていうのも…?」


「はい。もう少し多いですね。十人として今回の旅程を計画しています」


「…」


 自分のやり方に何の落ち度もないかのように答えるマリアであるが、このような対応は多くの冒険者から貴族特有の酷い横暴と捉えられているものである。冒険者による二つのパーティと騎士六人と冒険者による一つのパーティと騎士十人ではその隊列や護衛方法にかなりの違いが発生するからだ。


 そもそもギルドで見た依頼書と実際の依頼内容とに差異があることを冒険者はひどく嫌う。冒険者は依頼書を信頼しそれに合わせて周到に依頼達成のための用意を整える。依頼書にミスがあることは冒険者の命に係わる重大な事態とされているのだ。


 そのためこのような土壇場での依頼内容の変更は通常であれば到底受け入れられるものではない。そんなことを思いながらプレスはマリアに告げる。


「マリア様…。今回はおれとティアだからこんな依頼書からの変更でも容認できるけど、普通の冒険者が相手の場合はとても受け入れられないものだということを理解しておいてくださいね?」


 ちょっっっぴり殺気が混ざってしまったためマリアは真っ青になりながらがくがくと頷く。周囲にいる騎士達も気圧されているようだ。彼らはプレスがリヴァイアサンを退けた冒険者であることを知っているのだろう。それに剣の腕は先ほど見せつけたばかりである。当然の反応と言えた。


 やりすぎたと思うプレスであるが、普通の冒険者が相手の場合、このような対応は流血沙汰になりかねない。なのでプレスは敢えて殺気を混ぜたのであった。

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