第135話 戦闘狂の副隊長

「もう止めにしません?」


 そう言いながら腰の長剣はそのままに騎士の斬撃を苦も無く躱すプレス。幾度となく振り下ろされる騎士の長剣は全くプレスを捉えることが出来ない。高速戦闘や単独での遊撃を得意とするプレス相手では、集団戦闘や防衛戦を基本とする騎士はその動きを捉えきれない。


「う、うるさい!……はあ、はあ、はあ、何故だ…?何故当たらない…」


 既に息が切れかけている騎士に対してプレスは涼しい顔をしている。しかしプレスも少し困っていた。


「なかなかにしつこい性格だね…。諦めが悪い…」


 騎士の斬撃を躱しながら小さく呟く。できれば引いてほしいというのが本音のところだ。まさか宰相の屋敷でその騎士を斬り捨てる訳にもいかない。でもだからといって殺さないようにプレスが反撃して騎士が負けてしまった場合、『名誉を傷つけられた』などの名目で改めて決闘を申し込まれたら結局は同じことだ。


『お願いだから…、誰か止めてくれないかな…』


 そう思った矢先に厳しい声が飛んでくる。


「何をしているのだ!!」


 その声にビクっと反応した騎士は動きを止める。声の先に目を向けると革製の軽鎧をまとった金髪の女性が仁王立ちしていた。上背はプレスよりもやや高く引き締まったその体躯は鍛えこまれているのがよく分かる。プレスは感心した。放つ武威はその辺りの騎士のそれではない。これほど強い騎士が宰相家にいるとは正直意外だった。


 先ほどの騎士は怯えて立ち尽くしている。


「何をしているのだと聞いている!!答えろ!!ボウエン!!」


 プレスに斬りかかった騎士はボウエンという名らしい。そのボウエンは口をぱくぱくさせながらやっとのことで言葉を吐き出す。


「こ、この無礼な冒険者に、き、き、騎士として…、せ、せ、せ、制裁を加えようと…」


 それを聞きながらつかつかと歩み寄ってきた女騎士は…、


 ドゴォ!!!


 右の拳をボウエンと呼ばれた騎士の顔面に叩きつけたのだった。きっちり三メトルは吹っ飛ぶボウエン。


「マリア様が直々に依頼された冒険者殿に一体何をしているのだ!?」


 辛うじて意識を失わなかったボウエンは呆然としている。そんなボウエンを見下ろしながら女騎士は続ける。


「貴様はこのプレストン殿に感謝しなければいけない!!貴様が生きているのはプレストン殿がお前を殺さなかったからだ!!」


「な、な、なにを仰るのですか!!わ、わ、私があの冒険者に負けるとでも…」


 ボウエンの剣はプレスにかすりもしなかった。しかしその実力差を認めようとしないボウエンに女騎士は首を振る。


「貴様は覚えていないのか!?この夏の始まりの頃、マリア様の乗った船が魔物に襲撃された事件だ!魔物はたまたま近くの船に乗っていた冒険者の助力によって駆逐された。しかしその冒険者にあろうことか我等フランドル家の騎士であるカイル、ライス、ジエ、グイーズが難癖を付けた。あ奴らは陰で良からぬことをしていたらしい。そして決闘の末に命を落とした。決闘で命を落としたことでフランドル家には落ち度がないという形で我が家の名誉は守られた」


「そ、そう聞いていますがそんな話は眉唾です。そんな冒険者なんている訳が!!…………ま、ま、ま、まさか…!?」


 ボウエンにとって四人は先輩格の騎士達であった。彼らの剣の腕を尊敬していたボウエンは決闘に至る経緯も顛末も信じることができなかった。


 女騎士はプレスを見ながらそんなボウエンに向かって言い放つ。


「この方はその渦中にいた冒険者の一人、プレストン殿だ!!」


 そう言うと女騎士はプレスに向き直って頭を下げる。


「プレストン殿。部下のご無礼を許して頂きたい。私はアーリア=ロクサーヌ。このフランドル家付き騎士の中で副隊長を務めている者だ」


「その謝罪を受け入れるよ」


「感謝する。このバカはこれまでも冒険者を見下すような言動が目についたのだ。それを見つけるたびに注意をしていたのだが…。私の監督不行き届きだ…」


「おれはそこまで気にしていないよ?」

「うむ。主殿は心が広い!我なら燃やしていたかもしれん…」

「ティア!それは勘弁だね」

「ふふふふふ」


 近寄ってきたティアとじゃれ合うプレスだがそれを見ていたアーリアと名乗った騎士は凄い笑みを浮かべて口を開いた。


「プレストン殿…」


「プレス…。プレスでいいよ?」


「ではプレス殿!私はマリア様から全ての真実を聞いている!ボウエンの愚か者が余計なことをしたが、私もプレス殿の剣の腕…この手で確かめたいと思っていたのだ…。こんな強者と巡り合う機会はそうあるものではない!!正直に言って心が躍ったのだ!!初対面でこんなことを頼むのも申し訳ないのだが、私と模擬戦をしてもらえないだろうか!?」


「もしかして(戦闘狂バトルジャンキー)…」


 後半は辛うじて飲み込んだプレス。


「プレス殿とティア殿がマリア様の護衛として相応しいか我が剣を持って確認させて頂きたい!!」


 そう言って深々と頭を下げる女騎士を前にぐったりとしながらプレスは呟く。


「なんで…?」


 宰相家の屋敷においてどうしても戦いを避けられないプレスであった。

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