第114話 宿に行こう

 日が暮れた河口の街リドカル。


 あちこちの店から漏れる光と喧騒は、この街が眠らない街であることを強く印象づけるものだ。そんな喧騒と海から離れた街中を楽しそうに歩く二人の冒険者の姿を見つけることができる。


「主殿?冒険者ギルドで聞いていなかったが、今夜の宿の当てはあるのか?」


 そう聞くのは魔道士風のローブを纏いフードを被ったティアである。


「まあね、古い知り合いの宿に行ってみようと思っている」


 そう答えたのは冒険者風の装いで腰には長剣を差し、背中に木箱を背負ったC級冒険者プレストンことプレスである。


「ほう。主殿はこの街に知り合いが?」


「以前この街に来た時も世話になったんだ」


 そう言いながらプレスはティアを伴い暗い路地へと歩を進める。


「それと…」


「他に理由があるのか?」


「おれ達が商船ウエストウッドの護衛をしたことは今日の依頼達成報告でギルドは把握済みだ。そして人の口に戸板は立てれない。いずれは…、最速で今夜か明日だけど…、商船ウエストウッドとリンドバル号が大河オーティスでリヴァイアサンに遭遇し護衛の冒険者がそれを退けたってことが噂になってギルドに届くはずなんだ。リヴァイアサンを退ける程の力を持つ冒険者の噂など荒唐無稽な話として取り合わないと思うけど、確認したいと考える者がいるかも知れないからね。そうなったときギルドが紹介した宿に泊まっていたら…」


「あっという間にギルドに連れていかれて…、問い質されるか…?」


 ティアの推測にプレスは頷くことで肯定する。


「多分ね…。それはちょっと面倒だ。それに宰相家から連絡が来るかもしれない。宰相家の場合は事実として伝わる訳だ。リヴァイアサンを退け、騎士を決闘で圧倒した冒険者の存在が…。宰相家がそんな冒険者の話を聞いて、国による囲い込みを考えなかったらちょっとこの国の体制を疑うよ…。だから滞在場所は知られないところにしようと思っている。結局はこの街にある宰相家の屋敷か、港湾国家カシーラスの首都に行くことになるかもしれないけどね…。ま、その時はその時で…」


 この大河オーティスの河口に造られた街であるリドカルは港湾国家カシーラス最大規模の街にして最西端の街である。ここよりかなり東へと移動し、三大大河の一つである大河ミネルバの河口に行けば港湾国家カシーラス第二の規模を誇るこの国の首都にして最東端の街であるヴァテントゥールがあった。


 ヴァテントゥールもいい街であるがプレスは煩わしいことから逃れるため、国やギルドが簡単には特定できないこの街の宿に滞在するつもりだった。


「しかし、主殿?そんな都合のいい宿があるものなのか?」


 歩みを進めながらそう怪訝な表情を浮かべるティアにプレスは楽しそうな笑みを返す。


「ふふ…。ティア!ここだよ?」


 そう言って路地の奥で足を止めたプレスとティアの眼前には見事なまでに…、そうという言葉以外ではとても形容ができないような、ボロボロの小屋があった。かろうじて二階建てというのは確認できるが、二階部分が崩れて潰れていると言われても納得しそうなくらいに屋根が傾いている。先ほどは小屋と表現したが、小屋と表現すべきかも分からなくなるような酷い建物と言えた。


「あ、主殿…?主殿は我との契約に条件付けなどを行わなかったが、我は従魔として主殿に絶対の忠誠を誓っている。主殿がここを宿とするのであれば我には何の問題もない…。ただ…、主殿は本当にここでよいのか…?」


 ティアの言葉にプレスはにこやかに答える。


「ティアにはどういう風に見えているのかな?」


「え…?いや…、前にあるのは朽ちた小屋…だが……?む…?」


 そう言ってティアは目を凝らす。竜の眼にはある程度は鑑定の能力を持つ。現在、グレイトドラゴンを越える存在となったティアの眼はその気になればかなりの鑑定効果を有するはずなのだ。しかし…、


「あ、主殿…?この建物は何なのだ?我が見る景色が…、何やら形が…?…………これは…………?」


 戸惑ったティアにプレスは優しく答える。


「今のティアでもそれくらいにしか見えないか…。これはね…。こうすると…」


 そう言ってプレスは殆ど朽ちて崩れ落そうなドアノブに手を掛けうっすらと魔力を流した。


「これは…?」


 ティアの前に美しくも趣のある建物が浮かび上がる。濃い目の色で焼き上げられたレンガによる美しい外壁。見事な鉄製のレースによって装飾されたバルコニー。窓に填め込まれた硝子は一点の曇りもない。二階建てではあると思うが先ほど見てた小屋の数倍は大きい。その建物は、大貴族の別荘を思わせる豪華さと神殿のような荘厳さ、そしてそんな外見であってもなんとも言えない温かみを湛えていた。


「ようこそ。ここがリドカルにおける幻の宿ホテル。リヴァイストホテルだ」


 そう言ってプレスはドアを開け、ティアを建物の中へといざなった。

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