第113話 リドカルの酒場

 夕陽がゆっくり海へと沈む。

 昼間に降り注いでいた強烈な陽射しは既になく爽やかに吹く海風が心地よい。


 巨大な港街のあちこちから夜の喧騒が聞こえ始める。冒険者、騎士、商人、その他様々なことを生業にしている者達が一日の疲れを取るためにお気に入りの店へと吸い込まれる。


 酒場、食堂、商店、宿、娼館まで、金貨が飛び交う超高級店から銅貨一枚で足りる胡散臭い激安店までこの港街には大陸の全てが揃う。


 チャンスを求めてこの街を訪れた者、この街で暮らしている者、夢破れてこの街から去ろうとする者…、今この街に入り混じる全ての感情を呑み込んでこの街は喧騒とともに更けてゆく。


 ここは港湾国家カシーラスの街の一つ、河口の街リドカルである。大河オーティスが海へと注ぐ河口の東側。この河口は砂地の海岸線が広がる西側と固い地盤の広大な半島からなる東側とで形造られる。

 かつての人々がこの半島部分に小さな港町を造ったのがきっかけとなり、今では大河オーティスと海による海運の要所として大陸有数の発展を遂げた街である。


 そんな海沿いに造られた酒場の一軒。店は一日の仕事を終えた冒険者や住民で一杯だ。


「「かんぱーい!!」


 そんな酒場で木製のマグを打ち合わせて麦酒ビールを楽しむ二人の冒険者。プレスとティアである。


 決闘の後、プレスはこの国カシーラスの宰相の娘であるマリア=フランドルに詳細を話した。俄には信じがたいという様子のマリアであったが、リンドバル号の船長であるグレイスが証人として騎士たちに口止めされていたことを証言してくれた。


 事実を把握したマリアはプレスへと謝罪し、プレスはそれを快く受け入れた。勝者は敗者の全てを貰い受けるという条件をプレスは固辞するつもりであったがそれでは宰相家と騎士たちの不名誉になるとことだったので騎士たちの身の回りの物を換金し、ギルド経由で受け取ることで話をつけた。


 リンドバル号は今回の視察を中止し商船ウエストウッドと共にリドカルに向かうとのことでプレスはグレイスとカールの両船長からマリアの護衛を依頼され、現在の契約の範囲内として受けることにした。


 そして依頼を終了してギルドにその報告をして報酬を受け取った足でこの酒場に来ている。


「やっと一息つける…」

「いろいろと大変だったな、主殿。でもよかったのか?マリアという娘の招待を断って…」


 マリアは迷惑をかけた詫びと護衛の礼を兼ねて屋敷に招待してくれたのだがプレスは断った。


「貴族の家は落ち着かないよ。それに…」

「それに?」

「い、いやなんでもない。きっとまた縁があるさ…」

「?」

「それはいいとして明日は街を回ってみよう!リヴァイアサンに魔法をかけた奴は流石に見つからないと思うけどね…」

「分かった!また、いろいろと楽しみだ。お、料理が来るぞ!」

「白葡萄酒ワインを頼もうか?」

「それは素晴らしい考えだ!」


 プレスとティアは運ばれてきた新鮮な魚介の料理に舌鼓を打つのであった。

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