第98話 青白く輝く火矢

 青白く輝く火矢はプレスの前で戦闘態勢に入っていた十三人へと轟音と共に放たれる。


「ぐ!!」

「!」

「……」


 火矢を受け止めることができた者はプレスの予想通り三名のみ。冒険者ギルドマスター代行のニコライ、商業ギルドマスター代行のフランツ、そして暗殺者と思しき秘書官である。彼等も躱すことはできなかったらしく障壁を張って懸命に火矢が消えるまで耐えている。


「それも予想通りだね…」


 既に動き出しているプレスは必死の形相で火矢から自分を守っているフランツを尻目に素早くその脇をすり抜け既に絶命している剣士から長剣を奪うと神速で出入り口に取って返し扉に向かって斬撃を放った。


 パリン!


 乾いた音が響く。同時にプレスが亜人協会の面々に声を掛けた。


「張られた結界の物理障壁を破壊した!」


 彼等も愚かではない。言われたことを即座に理解し、全員が会議室の外へと駆け出し護衛達は武器を手にする。そのタイミングで異常を察知したのだろうか、わらわらと屋敷の護衛か雇われた傭兵なのかが集まってきた。


「タージ!そいつらは任せるよ?会議室の三人はおれが相手をする!」


 そう言ったプレスの腰にはいつもの長剣と背には木箱が背負われていた。別に敵全員をプレスが駆逐することも十分可能ではあるが、ここは亜人協会の顔を立てることにする。依頼者のセルジュは確かにこの街のことを考えてプレスに依頼したとは思う。だが、プレスの戦力を持って亜人協会に貸しを作り、亜人協会を冒険者ギルドの傘下のような組織として扱うところまで考えているだろう。帝国が絡んでいるかの証拠の件もそうであるがそこまでしてやる義理はプレスにはない。依頼はあくまで『この街の発火点を除去すること』だ。


「心得た!!」


 タージの言葉を聞いたプレスは再度会議室へと入った、と同時に先ほどプレスが切り裂いた物理障壁が元に戻る。プレスの眼前にはたった今火矢が消えたことで命が繋がれたとに安堵した三人と呆然としたままの領主の姿があった。


「完璧だね!」


 にこやかに挑発の笑みを浮かべるプレス。残された三人に先ほどの余裕は全く残っていなかった。十三本もの火矢を同時に放つ…。その人外とも思える魔法の技を受け止め切れていないのだ。


「ま、まさか…。多重詠唱と同時操作か…?」

「馬鹿を言うな!!C級冒険者にできるものか!!あれは神の御業!!聖女様の御業だ!!何かの魔道具に決まっている!!」


 そんなニコライとフランツの会話に構うことなくプレスは腰の長剣を抜き放つ。


「聖女ね…。まだそんなことを…。やはり…。やっぱりだったね…。………………ま、それはいい…。既にチャンスは与えたからな…」


 プレスがそう言った途端、会議室の空気が尋常ではないほど張り詰める。先ほどの挑発の笑みから一転、佇むプレスから殺気とも闘気ともとれる凄まじい威圧感が発せられる。それはこの場にいる者を絶対に逃がさない、いや逃げられないという宣言そのものであると思われた。


「くっ!」


 耐えきれなくなったのか、秘書官をしていた男が素早く飛び出す。暗殺者としては見事な身のこなしの部類に入るのだろう。一撃からの離脱を繰り返して攻めることを前提に戦いを組み立てていると思われる。プレスの左の首筋を狙った短剣での刺突は見事な威力であったが、暗殺者として深夜に不意打ちを行うならいざ知らずプレスと正面から渡り合うには実力不足である。


「ぐは!!!」


 左の肩口から袈裟懸けに斬撃を受け、上半身が分断されるような形で秘書官だった男の躰は床に転がった。


 その戦いを隙と判断したのかフランツがプレスに迫る。しかしそれは愚かな行為でった。その代償としてフランツが最後に見たのは真っ青な炎であった。迫ろうとしたフランツの顔面にプレスが完全な無詠唱で火矢フレイムアローを飛ばしたのである。フランツと呼ばれた男の体は頭部を失ってゆっくりと斃れるのであった。


 一瞬の出来事に呆然とするニコライへとプレスは視線を移す。


「あ、それと!」


 いつもの調子に戻ったプレスがそう言った瞬間に先ほどまであった亜人協会本部からの映像が途絶える。


「な!」


 ニコライが驚く。


「あれが魔道具ではなくて映像ビジョンの魔法であることは屋敷から伸びる魔力の糸を見たときから大体予想は出来ていた。数日前から見え見えだったし…。魔石の存在を教義で嫌うお前たちクレティアス教のことだから…、きっと高位の魔導士を何人か使って映像ビジョンを行使していたんだろう?残念だったな?子飼いである高位の魔導士の何人かを失ったぞ?」


「…」


 ニコライは声も出ない。


「あの魔力の糸を通して数百倍の魔力を流してやったから、どこか遠い場所で映像ビジョンを行使していた連中の魔力回路はズタズタになっているだろう…。お前の責任だ。もう司祭でいることは叶わないな…」


 人を喰ったように語るプレスにニコライは憤怒と羞恥が入り混じったような表情と視線を向ける。しかし、プレスは全く動じない。


「さてと…。決着をつけようか!?」


 そう言ってプレスはニコライを見据えるのだった。

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