第96話 悪意と反撃

「貴様たち…、どういうことだ!?我らが家族に何をした…?」


 わなわなと震えながらレムルートが鋭い視線をニコライに投げつける。隣に座っている兎の獣人の呆然とした様子から察するに映像に映っているのはこの二人の家族なのだろう。


「ふふふふ、簡単なことですよ。教団我らの隠密部隊を亜人協会そちらの本部に差し向けただけです。どうです話を聞く気になりましたか?」


 得意げに振舞う冒険者ギルドマスター代行のニコライ。


「バ、バカな…。護衛を…かなりの護衛をつけていたはずだ!!なぜこんな…こんなことに…」


「さてね…。部隊の話ではなんとも杜撰な護衛体制だったと聞いていますよ?」


「ぐっ!り、領主殿!!このような無法を見過ごすおつもりか!!」


 激昂して領主の方を振り向くレムルートであったがその視線の先には瞳の色を無くし人形のように佇む領主の姿があった。


「領主殿?……なんだ?何が起こっている?」


「簡単な隷属魔法ですよ?いえ…、この領主様は我々に協力的だったのですがどうしようもなく無能でして…。昨年もやっとのことで取り決めの改訂を行えましたが随分と手間取ったのですよ。ですから我々の傀儡となってい頂きました。ま、もう元の人格を取り戻すことはできませんから人形みたいなものですけどね…」


 レムルートの問いに肩をすくめて答えるニコライ。


「な…、どこまでも汚い奴…」


 レムルートが拳を握り締めて歯噛みする。


「あ、ちなみに我々はこの空間でも魔法や魔道具は使えます。そういう設定にしておいたのでね…。さらに言うとそこの冒険者が指摘したように新たな結界を追加したのでこの会議室の音は完全に外と遮断されているので喚いても無駄ですよ?それに…」


 ニコライがそこまで言うと、ニコライの背後の冒険者風の者達が獲物を手に立ち上がる。商業ギルドマスター代行のフランツも同様に立ち上がると手には長剣が握られていた。彼の背後に控えている者達も三人が剣を、二人が杖を構えている。


「こういうことです。ああ、武装解除していなかってことは謝罪しますね?それで…どうします?我々は武器と魔法が使えます。そしてこの人数です。ちなみに皆が相当な腕利きと認識して頂いて構いません。そちらの護衛は身体能力こそ優れていても武器を持たず魔法の使えない獣人とたかがC級の冒険者の三人だけ…。戦力の差は明らかでしょう?さあ、答えを聞かせてもらいましょうか?我々の提案を呑むか?それとも亜人協会を解散するか?」


 苦悶の表情を浮かべるレムルート。会議室内の空気が張り詰める。


 しかしその緊張した空間は実に穏やかなトーンの声によって破られた。


「帝国と教団が組んでロンドルギアの街の支配を狙っているって話は出てこないけど…。ま、これ以上は依頼の範囲外ってことでいいや…。さすが小悪党!ペラペラと自分たちが害悪であるって内容を話してくれて助かったよ。特に亜人協会の幹部を人質にとった上に領主を魔法で傀儡兼廃人にしたところはナイスな取れ高って感じだった!」


 そう言いながら席を立ったプレスが手にしているのは映像と音声が記録できる小型の魔道具。この世界で広く知られた魔道具であるが使用の際の魔力消費が大きすぎることと、妨害方法が既に確立されているため諜報などで用いられることは今では殆どないと言えた。


「この会議室で魔道具は使用できない。ただのハッタリだ!」


 ニコライは冷静に背後の者達に指示を飛ばす。


「そうかな?」


 そう言ってプレスが手にしている魔道具を起動させる。捉えられている亜人協会幹部の家族の映像とはまた違う位置にニコライの映像が映し出される。『簡単な隷属魔法ですよ?いえ…、この領主様は我々に協力的だったのですがどうしようもなく無能でして…』と得意げに話すニコライが映し出されるのであった。

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