第95話 愚かな思惑

「我が冒険者ギルドでは、亜人の方々には特典なしでの奉仕依頼専任という形で残った頂くことを予定しています」


 その答えにレムルートは声もなく固まっている。ここは酒場などではない。領主を前にした公の会議の場だ。プレスもあまりの答えに少なからず驚いた。ここまでとんでもないことを言ってくるとは正直思っていなかったのだ。


 奉仕依頼とは報酬を払うことができない依頼者が依頼を持ち込んだ場合に、その依頼を達成することが依頼者の幸せと公共の利益につながるとギルドが判断したときに認定され出される依頼である。いろいろと制約があり、報酬は銀貨一枚と決められている。冒険者ギルドを創設した当時最強と謳われた冒険者が銀貨一枚を握りしめた少女の依頼をその子の笑顔のためだけに達成したというエピソードに基づいて設定されたと伝わっている。大金を稼ぐことはできないが奉仕依頼をこなす冒険者には昇格の際の優遇やギルドから優先して良質の依頼を回してもらえるという特典が付いた。しかし大金が稼げるわけではないので人気があるとは言い難い。


 ニコライは亜人を特典なしで奉仕依頼の専任にしようというのだ。馬鹿にするにも程がある内容と言えるだろう。


「いやー、本当は街の経済の根幹を司る冒険者に亜人を登用することはどうかと思ったのですが、既に冒険者をしている方が他の職業を探すことも困難だろうと思いましてね。いろいろ考えた結果、奉仕依頼に身を捧げて頂くことが罪深い亜人の皆様のこの世界への罪滅ぼしとなるんではないかと思った次第ですよ」


 ぺらぺらと喋るニコライに対し必死に怒りを抑えるレムルート。亜人の何が罪深いのか全く分からないプレスであったが、そう言えばそんな教義だったかと過去の記憶を思い出していた。口には出さないがロクでもない教義だと改めてプレスは思っている。ニコライが話し終わった後にフランツと呼ばれた商業ギルドマスター代理も座ったままで発言する。


「我が商業ギルドでも同様だ…。既に商業ギルドで働いている亜人を追放するのは忍びない。荷物持ちなどの下働きで残ってもらう方針を固めてある…。この慈悲深い対応に感謝してもらいたい…」


 ぼそぼそとした喋り方でこれもまたどうしようもなく亜人を蔑んだ提案をする。レムルートは怒り心頭であろうが、努めて落ち着いたトーンで言葉を紡いだ。


「そのような申し出を受け入れられるわけがなかろう…。領主殿?そなたはこれを容認するのか?このエルニサエル公国では亜人への差別は禁じられているのではないのか?」


 レムルートの視線は領主を見つめている。ややあった沈黙の後、領主が答える。


「レムルート。私はこの措置を差別とは思っていない。両ギルドマスター代行によればこれが適材適所であるという。亜人の能力を最も発揮する見事な措置とは思わぬか?役割を区別してあてがうことは公国法には抵触しないと私は考える」


 どこをどう考えたらこんな無茶苦茶な詭弁が出てくるのかプレスにも分からない。領主は本気でそのように考えているのか…。


「領主殿!ご自分が何を言っているのか分かっているのですか?それではこの街の大半の亜人は生きていくことができません。このようなことを容認すれば亜人達が…」


「控えよ!レムルート!!」


 領主が厳しい声を発した。このように声を荒げるのは領主としてあるまじき態度と言えるだろう。その発言に違和感を覚えたプレスは領主の体へと繋がっているごく細い一筋の魔力を見逃さなかった。恐らく領主の感情の高ぶりで隠蔽が薄まったのである。そうは言っても見事な隠蔽でプレス以外ではまず気付けない。その魔力は隷属系の魔法で使用される魔力の鎖に似ていた。恐らく領主は何者かに何らかの精神的操作を受けているのであろう。


「ここで控えていられるはずが…」


「もういいだろう!」


 食い下がるレムルートを遮るようにニコライが立ち上がる。


「我々はあなた方の許可を求めてはいないのだよ!そうだな…、端的に行って命令と受け取って貰って構わない!」


「何だと!」


「この措置に納得がいかない場合は亜人協会を解散してもらえるかな?我々には邪魔なだけなのでね」


「どういうことだ?」


 レムルートはそう返しているが、プレスはニコライの言葉と共に周囲に起こった異変を見逃さない。


「レムルートさん!周囲に追加で新しい結界が張られた!何かする気だ!」


 プレスの言葉に護衛の亜人二人が立ち上がる。


「ほう!魔力に長けた冒険者とは知らなかった。C級というからただの間抜けと思っていたが違うようだ」


 プレスの指摘に余裕を持って話すニコライ。


「ま、どうするかは亜人協会君たち次第だ。これを見てから答えを決めてくれ」


 冷たい笑みを浮かべたニコライが合図を送ると巨大な映像が会議室に浮かび上がる。それを見たレムルートと参謀役の兎の亜人は息を呑む。映像には刃物を突き付けられる二組の女性と子供の亜人が映っていた。


映像ビジョンの魔法か…。思った通りだね…」


 プレスのその呟きに気付く者はいなかった。その口元にほんの僅かだけ悪い笑みが浮かんでいたことも…。

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