第93話 領主館

 いよいよ四者会議が行われる。一般の人々もこの会議には注目しているのかロンドルギアの街にやや緊張感が漂っていた。


 亜人協会の面々は領主館へと到着していた。会議室に入れるのは最大六名でありそれ以外は別の控室にて待機になるという。会議の内容は議事録を除いて外には漏れないよう結界を張って行われるということであった。これを聞いたプレスは会長のレムルートに五名での参加を要望した。何かあった時に控室にいる者達まで守り切ることが難しく、また会議室に六名も多すぎると考えたのだ。レムルートは難色を示したが、プレス達の底知れない実力を知った後ではその意見を退けることは出来なかった。


 その結果、今ここに居るのは会長のレムルート、それと兎の獣人。兎の獣人は模擬戦で審判を務めていた者だ。亜人協会に副会長はいないが兎の獣人が参謀的な役割を負うらしい。それと護衛として三名。ティアと戦った白い虎の獣人であるタージ。もう一人、プレスと戦った豹の獣人が控えている。そして最後がプレスである。プレスはいつものように冒険者風の装いで腰には長剣を差し背中には木箱を背負っていた。


 ティアにはプレスの指示で別行動をとらせている。このことには亜人協会の面々からの抗議があった。タージを圧倒できるほどの人物に別行動をとらせることに関する抗議である。しかしティア本人が、自分の主がプレスであり、自分よりも強いと結構な威嚇を添えて説明したことで全員が青ざめて抗議を取り下げたのだった。ティアは既に行動を開始している。先日、領主の館を眺めてその必要性に気付いたプレスが事前に対策を打ったものだ。


「よし…。行くぞ…」


 レムルートの言葉で全員が門を潜る。


「ようこそ。領主館へ」


 秘書官と思われる者が対応する。にこやかに笑みを浮かべるその物腰がどうも気に入らない。慇懃に振舞ってはいるが、その躰が放つ隠し切れない微かな血の臭いをプレスは敏感に感じ取っていた。恐らくは暗殺者の類だろう。どうやら本格的によくないことが起こりそうだと思うプレス。


 とりあえず皆、大人しく案内されて建物に入る。会議室は一階にあるらしい。先日見て回った建物の造りを考えるとかなり大きな会議室であることが伺えた。先ずはその手前のスペースまで案内される。


「武装されている方はこちらで武装の解除をお願いします。魔道具の部類は持ち込んで頂いても構いませんがこの足元のラインより奥では使用できないものとお考え下さい。同様にラインの奥では魔法も使えませんのでご了承ください」


 一応、駆け引きを含めてタージが問いかける。


「我々は護衛としてここに来ている。武装を解除しろと言われても『はい、そうですか』と応じることは難しいのだが…?」


「商業ギルド、冒険者ギルドの皆様も武装解除されて入室されていますので、どうか皆様も同様にお願いします」


 決まり文句のように抑揚のない言葉を顔に笑顔を張り付けて秘書官と思われる男は答えた。


「なに?既に他の者達は到着しているのか?」


「はい。皆様が最後にございます」


 参謀格である兎の獣人の問いに笑みを浮かべて答える男。兎の獣人の顔が少し曇る。亜人協会の面々は会議の開始時刻より早めに到着していたはずであった。どちらかというと立場の悪い亜人協会側が最後に到着は印象が悪い。既に先手は取られたということなのだろう。これ以上時間をかけることを悪手と考えたかレムルートが護衛達に武装の解除を指示する。プレスも長剣と木箱を指示されたところに立て掛けて…、その上で秘書官らしい男に声をかける。


「ちょっといいかな?」


「なんでしょう?」


 あくまで顔には笑顔が張り付いている。


「ここで使われている結界に興味があってね…。このラインの奥で魔法を使ってみてもいいかな?攻撃魔法じゃない。光球ライティングさ。魔法が使用できないってどんなものかどうしても試してみたくて…。いいかな?」


 何をいまさらというレムルートの表情を無視してプレスは問いかけた。


「ええ、構いません。どうぞどうぞ」


 そう言われたプレスはラインを踏み越えて指を立てた。別に指を立てる必要はプレスには無いのだが一般人の光球ライティングをまねて指先に光球ライティングを点けようとする。


「いくぞ…。光球ライティング!………本当だ…。魔法が使えない…。すごい結界があるものだね。勉強になったよ。ありがとう」


「いえいえ。では、皆様を会議室にご案内します」


 そう促されて会議室に入る亜人協会一行。いよいよロンドルギアの将来に重大な影響を与える会議が始まる。


 …………このとき…………、この場にいた者達は誰も気付くことは出来なかった…。プレスが光球ライティングを唱えたときに飛ばした極めて薄く、極めて強烈な魔力の一撃を…。ティアのような格を持つ存在でなくてはとても気付かないであろう見事に隠蔽された魔力の一撃。


『この街の発火点を除去すること』を依頼されたプレスの仕事は既に始まっていたのである。

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