第92話 打ち合わせ
亜人協会、そして商業ギルド、冒険者ギルドの各幹部と領主による話し合い、誰が呼んだのか四者会議と名付けられたその会議の会場はロンドルギア領主の屋敷にある大会議室と決定された。
会場が決まったという報告を翌日受けたプレスは街をぶらつく名目で外出しやや遠くから領主館を眺めている。本格的な夏になるのはもう少し先だが今日は青空が広がり午前中からかなり暑い。亜人こそ少ないが街には多くの人通りがあり、街はある程度はいつもの表情をしていると言えた。
先ほどから後を付けてくる気配を複数感じてはいるプレスであるがそれをどうこうしようとは思っていない。プレスが冒険者ギルドのサブマスターを務めていたセルジュが亜人協会に送り込んだ冒険者であるということは教団側に知られてと思ってよいだろう。ここでトラブルを起こすことは教団側につけ入る隙を与えることになる。
チンピラでも装って絡もうとする者達でもいるのか距離を縮めようと試みる気配もあるが、プレスは巧みに歩速と道順を変更し密偵達から一定の距離を保ちながら領主館の周囲を一通り回ってみる。そして表情を変えることなく口の中で呟く。
「なんともね…」
いくつかのことを確認し、四者会議が何事もなく終わるということが不可能であることをプレスは理解した。早々にティアとの打ち合わせの必要性を感じたプレスは今度は本気で尾行を撒く。あっという間にプレスの姿は人々の喧騒に溶け込んで消えた。そこには狐につままれたような表情を浮かべて困惑する密偵達の姿があった。
恐らく会議開催の決定に加えた日時と場所に関しては冒険者ギルドのサブマスターであったセルジュも把握しているはずである。既に大公令は出されたはずで、それを携えた密偵はハプスクラインを発ったと考えてよい。セルジュはその密偵と繋ぎを付ける方法を持っていて、会議の日程に合わせて密偵を戻す算段を付けているだろう。問題はセルジュの言っていた火種の話だ。
今のところ亜人と呼ばれる者達の大多数は亜人協会の説明と指示を受けて必要以上の外出を行わないようにしている。そして子供たちに関してはさらにそれを徹底している。そのため亜人と教団やそれに関連する冒険者ギルド、商業ギルドのメンバーなどとのトラブルは聞こえてこない。
セルジュが密偵を放ったことも相手側に伝わっているとして教団側は何を企むのか…。領主館の様子を遠巻きに眺めて大方の予想をつけたプレスは亜人協会の本部を目指す。本部に着くころには太陽は西に傾き街々の長い影を作っていた。
「ティア!ただいま!」
「おかえりなさい。主殿」
そう言ってティアはソファに腰掛けたプレスにお茶と自家製のマドレーヌを差し出す。この数日でティアは料理を愛するようになったらしい。なんでもグレイトドラゴンには料理の文化はなく、非常に新しい知見であるとのことだ。キッチン付きの施設に滞在していることもあって食材を買ってくると嬉々として料理に取り組んでいた。プレスも冒険者としてある程度の料理はこなせるが既に料理の腕はティアの方が上だろうと感じている。
「ありがとう。ティア!おっ!これは美味しい!」
そう言ってマドレーヌを頬張るプレスを嬉しそうに眺めるティア。本当にうれしそうだ。
「領主館の方はどうであった?」
本来の目的に立ち返ってそう問いかけるティア。
「ああ。見てきたよ。それでね、ティア。ちょっとやっかいなことが起こりそうだ…。それで頼みたいことがあってね…」
「主殿の仰せのままに…」
プレスとティアの話し合いは夜遅くまで続くのであった。
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